神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
だけど、昔の私は。

二十音と出会う前の私は、まさにこんなものの為に生きていたのだ。

ヴァストラーナ族長以下、イーニシュフェルトの里の死者の亡霊に取り憑かれ。

ただ役目を果たす為に。邪神を滅ぼし、里の仇討ちをする為に。

それだけの為に生きていた私の、なんと虚しいことか。

それが虚しいことだとも気づかず、ただ一人で生きていた。

自分がどれほど大きな孤独を抱えているかということさえ、全く気づかずに…。

だけど、二十音が全部教えてくれた。

私の孤独を、一瞬で吹き飛ばしてくれた。

私の心に空いた大きな穴を、そっくり満たしてくれた。

誰かを愛し、誰かに愛されることの幸福を教えてくれた。

どうして、今更正しい道に戻れるだろう?

「不安になっているんですか?シルナ様…」

「…そうだね。私は…とても不安だよ。自分が何者なのか、分からなくなって」

どうするのが正解かなんて、とっくに分かってる。

でも、正しさが人を救うとは限らない。

少なくとも、私は正しさに救われなかった。

私が救われたのは、正しい道に背を向けたからだ。

どうしても、正しい道に戻れない。

…いや、違う。

戻りたくないのだ。私は。正しい道に。

ずっと、踏み外した道に生きていたいと願っている。

それが罪だと分かっていても。

「そんな…。心配しなくても、シルナ様はシルナ様ですよ。今も昔も、変わらず」

ヴァルシーナちゃんは、私を安心させるように微笑みながら言った。

「私の知る、優しい聖賢者様です。胸を張って、誇りを持って生きてください」

「…ヴァルシーナちゃん…」

…そう、だね。

胸を張って、誇りを持って…。

私は、私の選んだ道を生きていく。

それが正しいか、間違っているかは関係ない。

…この数日間、私はずっと考え続けていた。

自分がどうするべきなのかについて、ずっと。

このまま、この世界に留まれば。

私は正しい道に戻れる。イーニシュフェルトの聖賢者として、自分の役目を立派に果たした世界に。

その結果得たものは、確かに私の心を空虚にするだけだ。

でも、結果として多くの人が救われている。

ヴァルシーナちゃんも、ヴァストラーナ族長も、その他ルーデュニア聖王国に住む大勢の人々が。

そして、救われたのはヴァルシーナちゃんだけじゃない。

私が世界で一番大切な人も。

…二十音もまた、この世界で救われていた。
< 651 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop