神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
私がこれほどまでに決断を鈍らせていたのは、新しいイーニシュフェルトの里で、二十音の姿を見たからだ。
 
転生し、生まれ変わった二十音の姿を。  

あの子は魔導適性を持たず、普通の人間の子供として生きていた。

もう座敷牢に閉じ込められることはない。

もう神の器として利用されることはない。

母親に…家族に愛されて、幸せいっぱいの日々を過ごしている。

あの姿を見て、どうして心を揺り動かされないでいられようか。

私は自分の幸福と同時に、あの子の幸福も同じくらい強く願っていた。

二十音は私の手で殺されたのかもしれない。でも生まれ変わって、新しい場所で生きている。

それならこの世界は、二十音にとってとても幸福な世界なんじゃないのか?

誰もが幸福、誰もが満たされた日々を送っていて…。

…私一人だけが、満たされない空虚な日々を過ごしている。

大切な人々の幸福を願うなら、私はこのまま、空虚な世界を受け入れるべきだ。

私は、そうするべきなのだ。

かつて元の世界で、正しい道に背を向けて、多くの人を傷つけてしまった罪滅ぼしの為に。

そうすれば…元の世界で私が傷つけた人々も、少しは私のことを許してくれるかもしれない。

だから私はここに残り、この世界で生きていくべきなのだ。

生まれ変わって、ようやく幸福を手に入れた二十音の為にも…。

「…」

…分かってるよ。理屈では。

ちゃんと理解している。

神様が私を試してるんだろうね。

正しい道と間違った道を用意して、私の前に突きつけて。

もう一度チャンスをやるから、今度こそ正しい道を選べ、と。

こんな救いようのない私に、慈悲をかけてくれようとしている。

この世界にいれば私は、二度と「裏切り者」の烙印を押されることはない。

正しい選択をした救世主として、永遠に崇め奉られ。

そして二十音もまた、家族のもとで幸せに暮らす…。

めでたしめでたし、ってね。

…でも。

「…元の世界にいる二十音は、どうなるの?」

私は、小さくそう呟いた。

幻の世界にいる、私を知らない二十音じゃない。

元の世界にいる、私の知る私の二十音は、どうなる?

二十音だけじゃない。

元の世界にいるイレースちゃんや天音君やナジュ君は。

令月君やすぐり君、マシュリ君は。

シュニィちゃんや吐月君を始めとする、聖魔騎士団の仲間達は。
 
彼らはどうなるんだ?

私がここに留まり、彼らを見捨てることは…果たして、本当に正しい選択なのか?

私は自分のした選択の、責任を取らなければならない。

誤った道を選択した、その責任を。
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