神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「…チョコの匂いがキツくて、鼻がおかしくなりそうだよ…」

むせ返るようなチョコの匂いに、鼻を摘んで顔をしかめているのは。

イーニシュフェルト魔導学院のマスコット猫、ならぬマシュリであった。

決闘で二回戦を戦ってくれたマシュリは、ベリクリーデと並んで、謂わば今回の功労者である。

結果的には、ミナミノ共和国の審判に難癖をつけられて、敗北扱いになったが。

俺は今でも、あれはマシュリの勝利だと思ってるから。

よって、そんなマシュリの為に、俺は自腹を切って良いものを用意した。
 
どうせマシュリには、シルナの好きなチョコ菓子はあまり喉を通らないだろうし。

猫にチョコレートは食べさせたら駄目だからな。

その代わりに。

「マシュリ。おい、マシュリ」

「何…?」

「ほら、こっち来い。良いもの用意してあるから」

そんなマシュリの為に、ペットショップをいくつも回って探してきた。

「…!この匂いは…!」

鼻の良いマシュリは、いち早く俺の懐にあるものに気づいたようだ。

部屋の中、こんなにチョコの匂いが充満しているのに、よく気づいたな。
 
やはり、好物の匂いは格別であるようだ。

「ほら。ビッグサイズのちゅちゅ〜る豪華六本セットだ」

「…!!」

それを見るなり、マシュリは目を輝かせて飛びついてきた。

探すの苦労したんだぞ、これ。

通常サイズのちゅちゅ〜るなら、近所のドラッグストアにも売ってるんだけど。

このお得用ビッグサイズのちゅちゅ〜るは、取り扱ってる店が少なくて。

王都のペットショップを梯子して、ようやく見つけてきた。

マグロ味、カツオ味、ささみ味、サーモン味、チーズ味、禁断のマタタビ味の六種類が揃った、豪華版だぞ。

さぁ、心ゆくまで堪能してくれ。

「ついでに、プラチナ猫缶もいくつか買ってきてやったからな。しばらくは豪華に…」

「にゃー」

「…聞いてないな…」

ちゅちゅ〜るには、猫を狂わせる魔力がある。

猫っつーか…ケルベロスなんだけど…。

あと…神竜、バハムートの血も引いてるんだっけ?

本人が何も言わないから、俺も何も聞かない。

どんな姿だろうと、マシュリはマシュリだからな。

そう思っていたから俺は、そのときのマシュリが心の中で、密かに覚悟を決めていたなんて。

知る由もなかったのである。
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