神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…もう充分だ、と思った。

もう充分…僕の未来は明るくて、温かった。

だから、もう充分。

これ以上…罪を晒すのはやめにしよう。

そう思ったから、僕は何も言わずにイーニシュフェルト魔導学院を出てきた。

アーリヤット皇国との決闘で、「あっちの」姿を晒したのは…あれは奥の手。背水の陣だった。

絶対、負けられないと思ったから。

何が何でも、アーリヤット皇国との諍いを解決しなければならないと思った。

その為に僕が犠牲になるなら、本望だと。

元々ルーデュニア聖王国とアーリヤット皇国の問題は、僕がきっかけで起きたようなものだ。

だから、僕が命をとしてでも、両国の平和を守る義務がある。

そう思って、僕は「あっち」の姿に…。

神竜、バハムートの姿に『変化』した。

人生で初めてで、そして最後の姿に。

そうまでしたのに、結局ミナミノ共和国の審判に危険行為扱いされ、判定負けになってしまったときは。

あわや無駄死にか、それはそれで僕に相応しい末路だと思ったものだが。

不甲斐ない僕の代わりに、三回戦で羽久とシルナが勝利してくれた。

結果的に、決闘はルーデュニア聖王国が勝ちを収め。

アーリヤット皇王も、もっと抵抗してくるかと思ったけど…。

決闘が終わって、無事にルーデュニア聖王国に帰ってきて。

アーリヤット皇王は今のところ、こちらの指示通りに素直に動いているそうだ。

港に押し寄せていたアーリヤット国軍も、既に撤退。

ルーデュニア聖王国女王との和平交渉も、順調に進んでいる。

そして、ようやく決闘お疲れ様会…という名の、チョコレートパーティーを開いて。

むせ返るチョコレートの匂いには閉口したけども。

その代わりに、プラチナ猫缶と豪華六種盛りちゅちゅ〜るを堪能して。

さながらあれは…最後の晩餐と言ったところか。

平和を取り戻して、恩人達の笑顔を見られて、もう僕に思い残すことは何もない。

これ以上望むことは何もない。

心置きなく…あの世に行ける。

だから僕はこうして、誰にも何も告げずに、一人で裁きを受けにきた。

王都の外れにある、誰もいない深い森の中。

ここなら、周囲を巻き込んでしまう恐れもないだろう。

鬱蒼として、暗くて寒くて、じめじめと淀んだ空気。

僕に相応しい墓場だと思わないか?

…これが罪の末路なら、これほど相応しい場所は他にない。
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