神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
僕には人間と、ケルベロスの血が流れている。

だけど、それは僕だけの罪ではない。

僕の父も、祖父も、曽祖父もその前もずっと、何代にも渡って受け継がれてきた、僕の先祖一族の罪だ。

僕達の遠い祖先が犯した罪。

ケルベロスという魔物の種族でありながら、人間と結ばれた故に生まれた罪。

この罪を、僕の先祖は代々受け継いできた。

僕の父も祖父も、同じ罪を抱えて生きてきた。

…しかし、僕は違う。

僕だけは、先祖達が抱えていたものとは違う…更なる大きな罪を抱えて生まれてきた。

それが、僕に流れる神竜族の血だ。

僕の父は、神竜族バハムートの母と結ばれ、子を為した。

当然、それは許されることではなかった。

高貴なる神竜の一族は、他種族の…挙げ句、ケルベロスと人間のキメラなどという、ただでさえ穢れた血を引く末裔と結ばれることを許さなかった。

母は神竜の一族を追い出され、頼るべき父にもあっさりと先立たれ。

惨めに冥界の果てを彷徨って…最期は、僕を残して野垂れ死にした。

許されない罪を犯した末路だと思えば、相応しい最期だったと言えるだろう。

だが、罪はまだ終わっていない。

彼らの犯した過ちは、そっくりそのまま、彼らの子供に受け継がれている。

人間とケルベロスのキメラである父、そして神竜族バハムートの母との間に生まれた子供。

ケルベロスと人間と、バハムートの血を引く前代未聞の異形。

それがこの僕…マシュリ・カティアという存在だ。

紛れもなく、これは僕の罪。

僕だけが背負っている罪だ。

このようなバケモノの存在を、気高き神竜族は決して許しはしなかった。

僕が生まれてすぐ、僕を抱いた母のもとに、神竜族の長がやって来たそうだ。

僕は当時生まれたばかりの赤ん坊だったから、当然覚えてはいないのだが。

神竜族の長は、穢れた血を引く僕を殺そうとした。

当然のことだ。

こんな穢れた存在を、高貴な種族である神竜族が許すはずがないのだから。

しかし、母は必死に懇願し、生まれた子供を…僕のことを…生かしてくれるよう頼み込んだ。

すると神竜族の長も、異形の姿で生まれた幼い僕と、その母親を憐れんでくれたのだろう。

あるいは、二度と僕達母子に関わりたくなかったのかもしれない。

神竜族バハムートの長は、僕の命を見逃す代わりに、その場で契りを結ばせた。

今後一切、僕達母子と神竜族の関わりを断つこと。

そして、生まれた子供は一切、バハムートの姿に『変化』しないこと。

バハムートの姿になることも、バハムートの力を使うことも許さない。

この契りを違えることがあれば、今度こそ子供の命はない。

…これが、大昔…僕が生まれたばかりのとき、僕と神竜族の長の間で交わされた、絶対の約束だった。
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