神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
――――――…魔導隊舎の建物に入る前から、何やら物々しい気配を感じていた。

俺とシルナが聖魔騎士団魔導隊舎にやって来たとき。

それはもう、修羅場が繰り広げられていた。

…修羅場っつーか、主にアトラスのせいなんだが。

「…」

アトラスは椅子に座って両腕を組み、俯いてじっとしていた。

動かざること山の如し。

俯いているせいで、表情が見えないのが逆に怖い。

大丈夫…そうではないな。

今下手にアトラスに声をかけたら、危うく返り討ちに遭いかねない。

「あ、アトラスくーん…。…大丈夫…?」

勇者シルナが、意を決したかのようにアトラスに声をかけた。

勇気あるな、お前。

久し振りに見直したよ。

しかし、そんなシルナの勇気も、アトラスの前では無意味。

「…」

声をかけられたことに気づいていないかのように、アトラスは無反応だった。

…やべぇよ。

「え、えーと…その、大丈夫だよ、心配しなくても!私達も来たから。いっしょに、その…」

「…」

「協力して…シュニィちゃんを探そう…ね…?」

「…」

「…」

やっぱり無反応のアトラスだった。

無言なのが逆に怖いんだよ。せめて何か喋ってくれ。

すると。

「凄いね。さっきから全然動いてない。置物になったみたいだ」

恐れ知らずのベリクリーデが、石像と化したアトラスの肩を、ちょいちょい、とつついていた。

おい、やめとけ。命が惜しくないのか。

「ナジュ…。今アトラスは、何を考えてるんだ?」

表情が読めないなら、いっそ心を読むしかない。

ナジュを連れてきて大正解だった。

すると、ナジュ曰く。

「…凄いですね。この人の心の中、ただひたすら『シュニィ』。これだけです。他のこと一切考えてませんよ」

さすがのナジュも真顔だった。

そうか…。そうなんじゃないかと思ってたが、本当にそうだったか。

つまり今のアトラスは、シュニィ以外のことは何一つ考えてないってことだな。

人間、パニックに陥ったら、もっと色々なことを考えるもんだと思ってたが。

アトラスみたいな例外もあるらしい。

「だ、だ、大丈夫だよアトラス君…!エリュティア君が探索魔法で、シュニィちゃんを探してくれてるんでしょ?」

「…」

何とかアトラスを宥めようと、シルナは努めて明るい調子で呼びかけた。

その言葉が、ちゃんとアトラスに届いてれば良いんだけどな。

「それに、令月君とすぐり君も探してくれてるんだ。きっとすぐに見つかるよ」

「…」

「居場所が分かったら、すぐ迎えに行こう。大丈夫だよ。だからその、ちょっと落ち着い、」

と、シルナが言いかけたそのとき。

「…失礼します」

件のエリュティアが、部屋に入ってきた。

おっ。

「エリュティア君!良かった、シュニィちゃんは見つかった?」

シルナがそう尋ねるなり、アトラスががばっ、と顔を上げた。

…死ぬほどびっくりした。驚かせんじゃねぇ。
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