神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
私は努めて冷静を装って、マシュリさんに尋ねた。

「私の命ですか。それほど価値があるとは思えませんが」

「…」

「何者かに指示されたんですか。それともあなたの単独犯ですか?」

自分でこのようなことを言うのはおこがましいが、私は聖魔騎士団副団長だ。

魔導師として、それなりの実績も積んできた。

そんな私を、簡単に倒せるとは思わないで欲しい。

私は何としても、家族のもとに帰る。

その為なら、例え死に物狂いでも抵抗してみせる。

私の命を狙うようにと、誰かに指示を受けたのか。

それとも、マシュリさんが自分で考えて、自分で実行に移したのか?

それを確かめておかなくては。

「そんなこと知ってどうするの?」

「仲間に…危害を及ぼそうとしているのなら、私はあなたを止めなければなりません」

私の命のみならず、ひいては私の仲間の命まで、脅かそうとしているなら。

断じて、許すことは出来ない。

差し違えてでも…私はこの人を止めてみせる。

…それに。

マシュリさんの意志ではなく、別の誰かに指示されて行った犯行なら。

まだ交渉の余地があるかもしれない、と思ったのだ。

しかし…。

「君を誘拐することは、僕が考えた。僕の意志で」

「…」

…誰かに指示された訳ではなく、マシュリさんの意志だと。

そう言うのですね。

…分かりました。

「悪いことは言いません。…私をすぐに解放してください」

「どうして?」

「…あなたを傷つけたくないからです」

あまり…このようなことは言わない方が良いのかもしれない。

誘拐犯を挑発するようなことは。

仲間が助けに来てくれると信じて、大人しくしていた方が良いのかもしれない。

でも、私は自らの手で自由になることを諦めたくなかった。

「私は聖魔騎士団副団長で、聖魔騎士団魔導部隊の隊長です」

その肩書きは、確かに私には大袈裟だと思うけど。

しかし、あながち不釣り合いではないはず。…そう自負している。

「…誘拐されたときは、ろくに抵抗出来ませんでしたが…」

あまりに唐突で…そして、不意をつかれてしまったが故に、抵抗出来ずにすぐ意識を失ってしまった。

我ながら間抜けだった。

だけど、今は違う。

今なら…油断なく構えていられる。

「二度は負けませんよ、私は」

「…随分自信があるんだね」

不遜に見えたでしょうか。それは申し訳ない。

「これでも私、イーニシュフェルト魔導学院を主席で卒業した魔導師ですから」

「…」

それに、マシュリさんが何者なのか目星はついている。

あのとき…私の部屋に現れた、背筋の凍るようなバケモノ。

あの正体は、恐らく…。

「あなたは召喚魔導師なのでしょう?」

冥界に住まう魔物と契約し、その魔物を召喚して戦う魔導師。

吐月さんや、ナジュさん…とは少し違うかもしれませんが。

とにかく、召喚魔導師なら、聖魔騎士団魔導部隊にも何人か存在している。

吐月さんがその筆頭で、確かにめずらしいタイプの魔導師ではあるけれど、皆無という程ではない。

私があのとき、部屋で見たバケモノ…あれは、冥界の魔物に違いない。
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