冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 苦々しい笑みを浮かべた彼女に、蛍はきっぱりと首を横に振ってみせる。

 彼女の退団のきっかけは、団では三番手だったポジションを後輩に奪われてしまったこと。たしかに華々しい引退ではなかったかもしれない。けれど八年もプロとして活動したのだから、挫折では絶対にない。

「美理は立派にやりきったよ。私の憧れのダンサーなんだから、そんなこと言わないで」

 ふわりと花開く一輪の花のような、繊細な彼女の舞が蛍は好きだった。引退したって、ずっと彼女のファンであり続けるだろう。

「……蛍なら、私たちの夢を叶えられたはずなのにね」

 小さく言って、彼女はハッとしたように手で口元を押さえた。

「ごめん、無神経だった」
「気にしないで。バレエをやめてもう十年以上よ。さすがに未練もないから」

 蛍は明るく笑い飛ばした。家庭の事情で、蛍がバレエをやめざるを得なくなったのは事実だ。けれど、ああいった世界ではそれも実力のうち。
 身長、骨格、通える範囲に有名な先生がいるかどうか、家族の理解と豊かな資金力。自分ではどうにもできない要因ばかりだが、ひとつでも欠けていたら芽が出ない。
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