冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
(ううん。こんなふうに考えることすら、おこがましいわよね)

 たしかに当時の蛍は、才能があるともてはやされた。でも続けて大成したかなんて誰にもわからない。自分はお稽古事としてバレエをしていただけで、美理のようにプロのダンサーにはなれなかった。真実はそれだけだ。

 頼んだ飲みものが運ばれてきたのをきっかけに、美理は話題を変えた。

「蛍の仕事は? あいかわらず経理部なの?」
「うん。入社四年目で一度も異動していないのは私くらいかも」

 蛍の勤務先『マスミフーズ』は冷凍食品やカップ麺などを主力としている食品会社だ。最初の配属が経理部で以後もずっとそのまま。同期入社の子たちは、みんな一度は部署異動を経験している。
 もっとも愛想のない自分に営業などはまったく向かないだろうし、経理の仕事は性に合っていて不満はない。

「蛍は真面目だから、きっと経理部で重宝されてるんだね。そういえばマンションの更新はどうしたの? 引っ越すか迷っていたでしょう」
「あ。結局、更新したんだけどね」
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