冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
六章 なにもかも捨ててもいい
六章 なにもかも捨ててもいい


『いいか。情が移ったなどと言って私を失望させるなよ、左京』

『お前が出世のためならすべてを捨てられる男だからだ。親父も俺もそうやってのぼりつめた。次は左京、お前の番だ』

 警察組織の壮絶な出世レースを勝ち抜いた男の言葉にはなかなかの重みがある。もっとも、その覚悟を持って進んでもボロボロと脱落していく世界だ。

 左京は不敵な笑みを浮かべて、伯父である政平を見返す。

「馬鹿なことを。俺が女ひとりのために、これまでの労力を棒に振るとでも? ありえない」

 しばしの沈黙が流れる。

ゆっくりと、政平は片頬をあげてニヤリとする。

「そうか。それなら安心――」

 そこで彼の言葉を遮り左京は言った。

「と、以前の俺なら言っただろうな」

 大嫌いな男だが、政平の言葉は正しいと信じていた。彼の言うように、仕事と出世だけを考えて生きてきたのだ。

(恋や愛は邪魔でしかなく家族を持つことは足枷だと……そう思ってた)

 でも三十四年間持ち続けてきた信念は、ひとりの女との出会いであっさりとくつがえった。

(蛍の笑顔のためなら、出世も仕事も自分の命すらも惜しくはない)

「おい。なにを考えている?」

 政平がドスのきいた声を出す。左京はそれをククッと笑い飛ばす。
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