冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 婚姻届を提出した直後にそんなふうに言われて、おもしろくないと感じた。

 本当は左京も気がついてはいたのだ、離婚届をもらっておく手もあるなと。

 だけど婚姻届を出しに行く足は軽やかだったのに、離婚届をもらうことを考えたときには自分でも笑えるほど足が重くなった。

(あの時点ではもう惚れてたんだろうな)

 恋に落ちた、劇的な瞬間はきっとなかった。

 いつの間にか、気がついたら、愛おしくてたまらなくなっていた。

 最初はためらいのほうが大きかった。海堂治郎やら赤霧会やら、打算ありきで彼女の夫となった自分がその立場を利用して蛍の献身を受けることは、『青い血が流れる』などと揶揄されている左京でもさすがに良心が痛む。

 けれど自分には人質の価値すらもない、ひとりぼっちだと震える彼女を前にしたら……もうあれこれ考える余裕もなく、気がついたら抱き締めていた。

 自分がずっとそばで、愛して、守るから。その思いに蓋をできなくなってしまった。

 赤霧会の件にかたがついたら、警察の人間としてではなく菅井左京というひとりの男として彼女に本心を告げようと思う。
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