冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
二章 奪われたファーストキス
二章 奪われたファーストキス


 東京都千代田区。半蔵門駅から徒歩五分の場所にマスミフーズは本社を構えている。やや古くさい四階建てのビルは一応自社所有だ。すごく景気がいいわけではないが、歴史と信頼があるため業績は安定していた。

「すみません。この領主書なのですが、お茶をした四名のうちひとりの名前が抜けているので処理できません。再提出をお願いします」

 蛍は真顔のまま淡々とした口調で告げると、営業部のエースと評されている大園(おおぞの)という男性社員に領収書を突き返す。

「あ、じゃあ今書き足すから」
「ダメです。記載したうえで上長の押印をもらうのがルールですから」

 彼は露骨に不愉快そうな顔になる。融通がきかない女だと蛍に不満を抱いているのがひしひしと伝わってくる。

(でも、ひとつ受け入れたらルールがルールでなくなるし)

 嫌われようと憎まれようと、厳格な仕事をするのが経理部に求められるものだ。が、部の全員がそんなお堅いことを思っているわけではないらしい。隣で話を聞いていたひとつ下の後輩、山下唯(やましたゆい)が「大園さん、残念~」とおどけた声をあげた。

「私が担当だったら、おまけしてあげられたのになぁ」
「さすが唯ちゃん。優しいな~」
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