冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
『その目つきの鋭い彼が蛍にひとめ惚れして、話しかける口実をでっちあげた! うん、これもありえそうね』

 美理は自身の妄想が気に入ったらしく、スマホの向こうでひとり盛りあがっていた。

『旅先での出会い、運命的で素敵! しかも手を繋いでの逃避行よ』

 あれはそういうロマンティックなものでは絶対になかった。

(本気で走ったのなんて学生のとき以来だわ)

 一枚一枚、領収書を処理しながら蛍はふっと苦笑する。ヤクザでもチンピラでもないけど、それに近い存在らしい彼の顔が脳裏をよぎる。

(結局、何者だったんだろう)

 いやに圧が強いし、なにより人の内面を見透かそうとしてくるところが蛍からすれば苦手だった。けれど、まっすぐにこちらを見つめてくるあの瞳が妙に心に引っかかって忘れられない。会社で浮いていようが同僚に嫌われようが全然気にならないのは、蛍が他人に興味を抱かない人間だからだ。長年、透明人間みたいに生きてきた。
 そんな蛍が誰かの存在を心に留めるのは本当に久しぶりで、自分でも意外だった。

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