冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 店主は目をすがめて首をひねる。

「う~ん。でも芸妓じゃないにしても、地元の人間なのは間違いないと思ったんだけどな。よそから来た人は雰囲気でわかるからね」

 自信たっぷりに言ってから、彼はおどけたように首をすくめた。

「年取って、勘が鈍ったかな~」

 蛍は曖昧な笑みを返す。
 結局、商売上手な彼にのせられてヘアケア用の椿油をレジに持っていくはめになった。

「ありがとう。また遊びに来たときには寄ってね!」

 黒地の赤い椿の絵。包み紙も京都らしくてかわいい。

(まぁ、いいか。ちょうどヘアオイルを切らしていたし)

 肩から斜め掛けしているミニショルダーにそれをしまって、蛍は店をあとにした。

(店主さんの勘、鈍ってないです)

 心のなかで彼に謝罪する。といっても嘘はついていない。たしかに自分は東京から来た観光客だ。だが、よそから来た人とも言い切れないだろう。

 蛍はこの祇園の街で生まれた。寮のある東京の私立高校に入学する十五歳まで、この街で母とふたりで暮らしていたのだ。こういう場合は旅行ではなく帰省と、普通は言うのだろうけれど……この街に帰ることのできる場所はもうない。
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