冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 蛍が東京の高校に入ってすぐ、祇園に残った母は急な病で亡くなった。母は天涯孤独の身だったので、彼女の死によって蛍とこの街との縁も切れた。蛍はそのまま東京で進学、就職をし、京都を訪れるのはせいぜい数年に一度くらいのものだ。

 蛍は四条通をぼんやりと眺めながら思った。

(そんなに、楽しい思い出もないしね)

 脳裏に浮かぶのは、花街に消えていく母の後ろ姿ばかり。蛍の母は『夕佳子(ゆかこ)』という名で芸妓をしていた。白塗りの肌に真っ赤な唇。好んでよく着ていたのは藤色の着物。しずしずと歩を進める姿には匂い立つような色香があり、この世のものとは思えぬほどに美しく……蛍の『お母さん』とは別人に思えたものだ。

 目の前の道に母を見送る幼い自分が見えるような気がして、蛍はゆるゆると首を横に振った。

 今回の京都旅行も特別な目的があったわけではないのだ。

『大槻さん、ちっとも有給使ってないね~。最近はワークライフバランスとかで人事がうるさいからさ。適度に消化してよ』

 上司にそんなふうに言われてしまい、なんとなく取った有給。

美理(みり)と会えることになって、本当によかった)
< 7 / 219 >

この作品をシェア

pagetop