スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
 実は、彼女が共演者に惚れ込むことは珍しくない。
 もともと演劇の稽古期間は常に一緒にいるものだし、苦労を共にするので吊り橋効果が生まれやすい。そして彼女の場合、気持ちの浮き沈みが演技に直結することもまた珍しくないので、できるだけ刺激しないように見守るのが最善だったりする。
「深雪」
「え? あ、はい」
 今度は貴博さんに呼ばれた。
「こういう時、俺は黙って聞いていればいいわけ?」
「へ?」
「だから、俺がヒロだったら黙ってニコニコしていればいいんだろう?」
「ああ、そうだね」
 ニコニコからは程遠いが、お見合い相手を激高させるような男である。もしかしたら既に相当譲歩しているのかもしれない。
「貴博さん、知ってます? 深雪さんってアドリブ嫌いで有名なんですよ」
「うん?」
「演劇って生ものだから、トラブル対応とかとっさの判断みたいなイメージがよくあるじゃないですか。深雪さんはあれが嫌いなんです」
 奈央子が私をダシに語り始めた。だいぶお酒が回ってきたようだ。
「私とか勇也さんはその場の空気でお芝居するのも好きなんですけど、やっぱり脚本家は台詞が命だと思っているみたいです」
「そんなことないよ。稽古場ではいろいろ試してみてもいいって、いつも言ってるでしょう」
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