スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
   *

 奈央子が稽古場を飛び出してから早くも一週間が経とうとしている。私と勇也さんが代わる代わる説得を試みているが、彼女から返ってくる言葉はいまだ「降りる」の一点張りだった。
『奈央子っていつも相手に勝手に惚れて勝手に興味を失ってただけだったからさ。振られたのはしばらくぶりだったんじゃないか?』
 勇也さんの軽口がスマートフォン越しに聞こえてくる。
 お一人様で昼食を済ませたばかりの私は、電話を受けた路上から落ち着いて話せる場所を求めて辺りを練り歩き、目に付いたベンチに座り込んでいた。
 すぐに会社に戻るつもりで上着を置いてきてしまったが、寒さは特に気にならない。春が近づいてきたからか、それどころではないからか。
「そんなの、拗ねてもいい理由にはならないでしょう」
『拗ねていい理由にならなくても、拗ねる理由にはなるんだろう』
 平日の真昼間に会社の外で、先輩と電話で作戦会議を立てている。いくら私が演劇フリークでもここまでするのは珍しく、それくらい状況は切羽詰まっていると認識していたのだが――。
「勇也さん、何でそんなに余裕そうなんですか?」
 電話の向こう側にいる先輩の声は、思いのほか明るかった。
『だって、ヒロインに関しては深雪が演じればいいかなと』
「……え?」
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