スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
「ですよね、篠目貴博さん?」
「……知ってたのか」
 その台詞は自白と同義である。やはり私は、御曹司にていよく使われていたらしい。 
「言いましたよね。私、アドリブは苦手だって」
「は?」
「婚約者のふりとかご両親の前で愛想よく振る舞うとか、そういう演技は一切できませんので」
「何言ってんの?」
 彼が私を選ぶ理由があるとすれば、演劇経験ではないだろうか。確かに芝居であれば大抵のことは水に流せるメンタルを持ち合わせているが、先程のように突然社長に呼び出された場合は全く対応できない。
「私は脚本家なんですよ」
「……知ってるけど」
 用意していた台詞がなければ上手く立ち回れないから、時に暴走してしまう。つまり私は、貴博さんにとって都合のいい女にもちょうどいい女にもなり得ないのだ。
「それに私、職場に友達いないんです」
「え?」
「だから外堀を埋められたところで痛くも痒くもないんです。本当は貴博さんが舞台に立つと言いふらすことだって、できなかったと思いますよ」
 最後は少々当てつけのようになってしまった。私は呆気に取られている貴博さんの脇をすり抜けて、会議室から逃げ出した。
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