スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
「改めてお父さん、お母さん。こちらが越智深雪さん」
 貴博さんがいつもより穏やかな口調で切り出した。
「ウチの経理で働く傍ら、劇団で脚本を書いてる」
 初っ端から演劇の話もするのか。つつましやかな経理職員だと紹介した方が、婚約者としての印象は幾分マシになるだろうに。
 ふとそんな思考が頭に浮かんだけれど、よくよく考えれば貴一さんは私が貴博さんをスカウトしたことも知っていた。
「彼女と結婚したいと思ってる」
 さすが、貴博さんは堂々と言い切った。対して私は、彼の傍らで頭を下げるのが精一杯だった。
「そうか、結婚したいのか」
 貴一さんが独り言のように呟く。
「あんな啖呵を切っておいて、よく挨拶に来られたなあ」
 途端に貴博さんが怪訝な顔をする。そして僅かな視線の流れから、今の言葉が私に向けられたものであると理解し、更に表情を曇らせた。
「啖呵って?」
「前に社長――貴博さんのお父様に呼び出された時に、結婚はしない……とまでは言ってないけど、それに限りなく近い宣言をしてしまって」
 あの時はまだ貴博さんがササメの副社長だという衝撃の事実を、上手く呑み込めていなかった。正直、今だって受け止めきれてはいないけど。
「どうして急に、息子のプロポーズを受ける気になったのかい?」
 嫌味がたっぷり振りかけられているが、真っ当な質問ではあるだろう。私は懸命に答えを探す。
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