狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


 それを繰り返したある日、崇史は、縁側で、希海に膝枕をしながら、さぎりに尋ねた。

「さぎりはなぜ、ここに居てくれるのだ」

 暖かい陽気の中、サラサラの髪を揺らし、すやすや眠る、四歳になったばかりの希海を見ながら、さぎりは笑う。

「幸せだからです」

 虚を突かれたように目を見開く崇史に、さぎりはただ、穏やかに微笑んだ。
 眠る希海の髪を撫でると、希海は寝ぼけているのか、嬉しそうに、くふふと笑っている。

「この家は、何も持たない私に沢山の物をくれました。その中でも大きなものが、お二人の健やかな様を見守ることです」
「……さぎり」
「この穏やかな時が、私には何にも替えがとうございます。ですから、私のことは、気にされなくても大丈夫です」

 希海を愛おしげに見つめるさぎりに、崇史は緋色の瞳にじわりと涙を滲ませると、さぎりの肩に頭を埋めた。
 さぎりは驚いたけれども、崇史が泣いていることに気がついて、そのまま彼の頭を、希海にするように優しく撫でる。

「大丈夫。大丈夫ですよ、崇史様」

 なんとなく、旦那様とは言いたくなかった。
 十八歳にして、頼るべき大人達の居ない中、当主に祭り上げられた人。
 彼は、さぎりなんかより、ずっとずっと大変な筈なのだ。ずっと辛い筈なのに、その誠実さ故に、さぎりなんかのために、更に苦しんでいる。
 この人が肩に背負った物を取り払ってあげたいと、心からそう思ったのだ。

「崇史様は、一人ではありません。頼っていいんですよ」

 そう言うと、崇史はさぎりを抱きしめてきたけれども、さぎりは抵抗しなかった。

 嗚咽の中、済まないと、孝史はずっと、さぎりに謝っていた。
 力がなくて済まないと。
 何もできなくて申し訳ないと。

「済まないより、有り難うの方が、私は好きです」

 そう伝えると、崇史はふと、笑うような声で言った。

「……さぎりに好かれたいから、有り難うと言うことにする」

 耳を掠めるように言うのは、なんだか卑怯ではないだろうか。
 幸せを噛み締めていたさぎりは、不自然に早鐘を打つ心臓を抑えながら、そのことだけは、不服に思ったのだった。


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