狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。
2 【回想】そして誰も居なくなった
世界の中で東に位置するこの和楊帝国には、貴族制度がある。
高い順から、王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
王族以外のそれは基本的に功績によって与えられるものでもあるが、何より重視されるのは、異能の力であった。
その中でも特に大きな力を持つとされるのは、六大公爵家の者達である。
水を司る豹堂家。
天を司る龍美家。
地を司る与茂蔵家。
火を司る萩恒家。
木を司る猿渡家。
それから、異端の象徴、音梨家。
彼らは、その能力の高さが故に、人ではないと揶揄されることもある。
そんな彼らの能力は主に、この和楊帝国にはびこる妖怪退治に使われることが多かった。
そして、問題が起こった。
火を司る萩恒の一族が、十八歳の嫡男・崇史と、三歳の姪・希海を残して、全員が妖怪に襲撃され、命を落とすという事件が起こったのである。
彼らの命を奪ったのは、間違いなく妖怪であった。
けれども、なぜ突然、萩恒の一族の者の周りに、強力な妖怪が同時に現れたのか。
原因の究明は、十分に行うことができなかった。
なぜなら、当の萩恒家は、それどころではなかったからだ。
十八歳の崇史はすぐさま当主として立つことになった。そのことはまだいい。
問題は、希海の異能の才が、百年に一度と言われるほど、稀有なものであったことだ。
希海が笑うと、狐火が舞う。
希海が泣くと、狐火は熱を持ち、周りのものを排除する。
狐火は狐を害するものではないため、崇史を害することはない。
古くから狐火対策を行ってきた萩恒家の屋敷も、燃えることはない。
しかし、希海の世話をする人間は、そうはいかない。
母を失い、親族を失い、当主となったばかりの崇史も、慣れない仕事に追われて希海の世話を全て賄うことはとてもできない。
よちよち歩く狐火の化身、いつ泣き出すかわからない爆弾のような娘に、使用人達は恐れ慄き、次々と萩恒家を去っていった。
そして、希海の世話をする使用人として残ったのは、萩恒家に勤めて三年が経過しようとしていた、十六歳の侍女のさぎりだけだった。
「さぎりー」
「はい、なんでしょうか。希海様」
「あまいの、たべたい。あまいの!」
「あらあら。さっきおはぎを食べたばかりでしょう?」
「たべたいのー!」
「ほら、希海様。こっちにきて、おもちゃで遊びましょう?」
「やーの!!!」
小さな主人は、ぷるぷると頭を振りながら、肩口で切りそろえた黄金色の髪を振り乱し、緋色の瞳に涙を浮かべている。
そうして駄々をこねる希海の周りに、狐火が浮かび上がった。
こういうときの狐火には、熱がこもり、さぎりを焼く。
痛みはもちろんある。けれども、さぎりはおだやかな笑顔を絶やさない。
そのまま、さぎりは、特別に渡されている萩恒家秘蔵の狐火封じの玉を使い、狐火を封じつつ、希海をなだめた。
泣きつかれて眠ってしまった希海を見ながら、さぎりは狐火封じの玉を庭に持ち出し、空に向かって火を放つ。
この狐火封じの玉は万能ではない。
許容量を超えると割れてしまうし、玉の中に狐火を封じておくことができる時間も短い。それでも、この狐火封じの玉があるから、只人であるさぎりが希海の傍に居ることができる。