狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


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 さぎりを雇ってくれた老婦人は、名を御影(みかげ)と言った。
 仕事の内容は、お屋敷の女中である。
 屋敷は立地のいい場所にある立派な風情のもので、小さいけれども、老婦人一人で生活できていたとは思えない広さだった。というか、調度品の高級具合や、老婦人の上品な様子から見ても、手づから家事をするような立場にはない人だ。多くの使用人が居て然るべき状況である。
 しかし、さぎりの他の使用人は、料理人しか居ないらしい。
 さぎりは首を傾げながらも、主人が秘密にしたいことなのだろうと、口を挟まずに頷く。

「貴方は本当に、機微を察することのできる賢い女性なのね」
「奥様」
「ふふ。照れているところも可愛いですね。これからよろしくお願いします」

 優しい御影の言葉に、さぎりは嬉しくて頬をほころばせる。
 さぎりが喜ぶと、子狐も喜ぶ。
 さぎりは、幸せだった。


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 御影は、よく分からない人だ。ただ、普段の様子から、おそらく貴族なのだろうと思う。それもきっと、高位のお貴族様。
 この和楊帝国では、貴族は皆、苗字を持つものだ。しかし御影は、苗字はないのだと言う。

「苗字なんてない、ただの御影です。御影ばーちゃんでいいですよ」
「そんな、奥様ったら」
「きゅん?」
「ふふ。子狐ちゃんも、御影ばーちゃんでいいのよ」
「きゅーん!」

 尻尾をふりふりと揺らして喜ぶ子狐に、御影は穏やかに微笑むばかりだ。

 謎は多いけれども、本当に優しい御仁だ。
 さぎりは胸の中に暖かい気持ちが広がるのを感じる。

 そんな御影のために、さぎりは張り切って家事をした。
 埃を払い、畳を掃き、廊下に雑巾をかけた。
 まだこの国では珍しい洋室もあったため、その掃除には手間取ったけれども、なんとか数日で慣れてきた。

 そして、たまに御影と昼日中に、()()()()()というお洒落な一室で、お茶をするのだ。

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