狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。
――ここ三週間以上、征雅は異能の力を使うことができなくなっていた。
龍美家に受け継がれる、治癒の力。
瞬く間に怪我を治す筈のそれは、今は見る影もなく、かすり傷さえも治すことができない。
先程のように、毎日使用人達を傷つけ、異能の力を試してみるものの、一向に上手くいかないのだ。力を使おうとしても、体の中の異能の力が発動させる度に燃え尽きるような、異様な感覚だけが残る。
(何が原因だ!? 何が……)
父や兄にも話を聞いたが、こんな症状は聞いたことがないと言う。異能が使えないこと以外には体になんの変化もなく、ただその事が、征雅には耐え難かった。
「異能の力が使えないのか」
そう言った兄の灰色の瞳は、冷ややかだった。
その奥にあるのは、落胆、諦観、そして――侮蔑。
(違う! 違うんだ、兄上。私は、他とは違うのだ! 力の使えない、愚民達とは……!)
苛立ちのまま、湯呑を壁に投げつけ、征雅は乱れた髪の間から、割れたそれを憎々し気に見やる。
癒しの力を持つ公爵家――龍美家。
『治すことしかできぬ、蜥蜴風情が』
そう揶揄したのは、どの公爵家だったか。
征雅は、それが耐えがたいほど気に入らなかった。
龍美家の直系の者は、百人の怪我人をたちどころに癒すほどの力を有している。
その力の大きさは、他の公爵家に勝るとも劣らない。
しかし、これだけの異能の力を持っていながら、龍美家は常に一歩下がった評価しか与えられることはなかった。
一番は、いつだって、狐のものだったからだ。