狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


「さぎりー! 顔が赤いの!」
「えっ。そ、そんなことは」
「ほっぺも首も痛そうなの。お医者! たか兄ぃ、お医者!!」
「そうだな。すぐ手配しよう」
「あっ、ええ、そうね。お医者様」
「さぎり?」
「な、なんでもありません。それより、希海様の方こそ、首が痛そうです。お医者様に――」

「――これは、如何なる事態か」

 三人の会話に水を差したのは、壮年の男の声だった。

 声の主は、さぎり達のいる部屋の扉近くに立っている。
 白銀の長髪に、灰色の瞳。爬虫類のように大きな二重の瞳、しわの深いその男――龍美隆雅(りゅうが)は、不機嫌も露わに、崇史を見ていた。

「龍美のご当主」

 崇史の言葉に、あれが龍美家の当主、と、さぎりは目を瞬く。

 隆雅は、壊された自家の結界、崩された本邸の屋根と壁、倒れ伏す龍美家の官憲達を見て、眉を顰めた。
 次いで、狐火の幻影により気絶し、床に転がっている自らの二男・征雅(せいが)を、不快なものを見るような目で見やる。

「六大公爵家が一つである我が龍美家に対し、この無礼。相応の覚悟あってのことであろうな。萩恒の当主よ」

 睨みつける隆雅に、崇史は立ち上がり、毅然と向き合う。

「勿論です。むしろこの件、我ら萩恒家からも物申したい」
「そこの平民が絡んでのことか? 息子からは、ある平民と子狐に用があるので、探すために人工(にんく)を借りたいとの話は聞いているが、それ以上のことは知らぬ。責められる筋合いは無いな」
「平民ならば拐っても好いと? そも、拐う相手に我が姪である希海が混ざっていたようだが」
「希海殿がこの場に居るとは想定外よ。子狐がそうであったのか? 先ほどの大狐といい、狐に成れるなど、畜生の性質は人には分かりかねる」

 ハハハと嗤う隆雅に、崇史はぎり、と歯噛みする。
 さぎりはその嫌みの応酬に、崇史はいつもこんなやり取りさせられているのかと、崇史を尊敬するとともにその苦労を思い、立ち上がって、そっと崇史の腕に手を添えた。
 それを見た希海が勢いよく立ち上がり、崇史の足元に隠れたところで、聞き覚えのある凛とした声がその場に響いた。


「そこまでです」


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