異国の地で出会った財閥御曹司は再会後に溺愛で包囲する
「うちの仕事に支障が出たらと思うと頭が痛いわ。新しいテナントの契約を破棄されたらどうするの!」

「ごめんなさい」

 結局、叔母の心配はそこなのだ。
 叔父は貸店舗や貸オフィスなど、テナント関連を主とする不動産会社を経営している。
 私を光永さんの元へ嫁がせて姻戚関係を結べば、叔父の会社が今後大いに潤うという思惑があったのは間違いない。

「嫁姑問題なんてどこにでもあるでしょ。親のほうが先に歳を取るの。辛抱してるうちに老いていくわ」

「私は叔母さんとは考え方が違うみたい。それに私、好きな人がいるの。だから光永さんとは結婚できないです」

 うつむいていた顔を上げると、叔母の首元に赤みが帯びていくのがわかった。
 普段おしゃべりな叔母がすぐに返事をせずに黙っている。
 この沈黙が怖いなと思った瞬間、叔母がおもむろにアイスコーヒーの入ったグラスからストローを引き抜き、中身を勢いよく私に浴びせた。驚いた私は無意識に身体がビクリと跳ね上がる。

「そんな相手がいるなんて聞いてない。バカにするんじゃないわよ! なんて子なの。頼る人がいなくてかわいそうだと思うから今まで面倒を見てきたのに! 兄さんはいったいどういう育て方をしたのかしら」

 周りにいたほかの客たちが、私を見てひそひそとなにか言っているのが聞こえてくる。
 テーブルに据え置かれてあったペーパーナプキンを取って、とりあえず顔に付着した液体を無言で拭った。
 白のブラウスと黒のパンツというビジネススタイルの服装だったが、どこもかしこもコーヒーまみれでベタベタだ。

「貸してた留学費用は耳を揃えて返してもらうから! それと、今住んでるマンションも出て行きなさい!」

 自分の太ももの上に残った氷を見つめつつ罵声を受け止めた。
 元々怒り心頭だった叔母を、私はさらに激高させてしまったらしい。
 今まで叔母と意見が合ったことなんてないのに、ほんの少しだとしてもこの場で言い返した私は本当にバカだ。

「それと翠々、あなたとは一切の縁を切る。金輪際、叔母でも姪でもない。いいわね?」

 さすがに縁切りまでされるとは思ってもみなくて、ビックリした私はうつむいていた顔を瞬時に上げた。
 しかし待っていたのは(きたな)らしいものでも見るかのような叔母の冷たい視線だった。

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