完全包囲 御曹司の秘めた恋心
「わざと溢しましたよね?」

「違うわよ、あなたがそんなところにいたからでしょ?」

「ありふれたオレンジジュースが嫌いで、他のものを飲みたかったって言ってましたよね?」

「だから何よ」

「他のものが飲みたかったからわざとこぼした。だったら私は許せない。このオレンジジュースが人の胃袋に収まるまで、どれだけ手間暇かかっているか知っていますか? お米一粒だってそうです。苗が稲に育つまで、大切に育てているんです! 水を張った田んぼに入って苗を植え、生育を妨げる草を取り除いて、害虫がつかないように常に気を張って、ようやく育った稲が台風のせいで全部ダメになったりする。それでも、美味しいって言ってもらえるようなお米を作るために、毎日必死に頑張っている人がいるんです! オレンジジュースも同じ。わざとこぼされていいものなんてないんです!!!」

そこまで言ってハッとした。

会場全体が静まり返っている。恐る恐る視線を移動させると、皆が私の方を向いていた。

やってしまった。どうしよう……

視線を漂わせていた私は、ふとある人物と目が合った。颯介だ。
彼は私と目が合うなり、ハッとした表情を見せたが、こちらに向かい、冷めた笑みを浮かべていたのを私は見てしまった。

呆れられている……

その場に居た堪れなくなった私は、会場を飛び出し、そのままホテルからも飛び出した。

せっかくのパーティーを台無しにしてしまった。桃香の立場も悪くしてしまった。
罪悪感に苛まれた私は、知らない都会の街をあてもなくフラフラと歩き続けた。
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