カバーアップ
そのとき、恋って突然落ちるものだと知った。

……ああ、この人が好きだ。

自覚した途端、一気に世界が輝いていった。
でも、同時に不安になる。
きっとこの人は、私を好きにはなってくれない。
その証拠に彼の左手薬指には、指環が光っていた。



菅野(すがの)課長を食事に誘ったのは、ただ単にお礼だった。

「別によかったのに」

笑いながら彼が、私の前の席に座る。

「いえ。
それでは私の気が済みませんので」

つい先日、私は大きなミスを犯すところだった。
課長が気づいて、適切に処理してくれなければ、会社に大きな損害を出していかもしれない。
だからこうやって、課長を食事に招待するのは当然なのだ。

「じゃあ、遠慮なく」

店員が置いたメニューを、課長が開く。

「なんにする?
肉盛り合わせは絶対だよね」

「そうですね……」

一緒にメニューをのぞき込む。
招待したのは私のはずなのに、課長は私に苦手なものはないかとか聞き、気遣ってくれた。
センター分けにされた、さらさらのミドルヘア。
涼やかな目もとを、銀縁スクエアの眼鏡が引き立てる。
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