カバーアップ
彼の長い指が、自分の心臓をとん、と指す。
その顔は困っているようにも、つらそうにも見えた。

「……忘れたいとは思わないんですか」

「んー、思うもなにも、もう忘れるとか無理だからね」

笑う課長の本心は、私には少しもわからなかった。

私が菅野課長を食事に招待したはずなのに、支払いは彼がしてくれた。

「頑張った桜井にご褒美だよ」

「でも、これは私がお詫びとお礼に課長を誘ったわけですし」

財布を出そうとする私を、課長が押し止めた。

「おかげでひさしぶりにパフェとか食べられたし、満智のことも思い出したから、満足だよ」

などと課長は笑っているが、私は彼につらい言葉を言わせてしまったので反対に申し訳なくなった。

「じゃあ、気をつけて帰ってね」

「あの!」

店を出て別れようとする彼を止める。

「また一緒に、パフェを食べに行きませんか!?」

足を止めて振り返った課長は、驚いたように目を大きく見開いていた。

「それは助かるね。
じゃあ、また明日」

ひらひらと手を振りながら去っていく彼の背中に、頭を下げる。
菅野課長が私を好きになってくれるなんて、期待するだけ無駄だ。
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