孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
「意識は普通にいつもと同じなんですね」
「らしいな。――怖くないのか?」

 アルト様の穏やかな青い瞳が私を見つめている。

「いつものアルト様に少し魔物要素が足されただけですからね」

 シャツが弾け飛んで上半身裸になってしまっているのがなんとも可愛く思えるほどだ。下半身に目を向けると靴も弾け飛んでいて、足も鳥類のようになっている。

「怖くないですよ、アルト様です。いつもの」
「そうか」

 アルト様は迷子の子供のような表情をしている。二十年前花嫁は訪れなかったけど、この姿に変化した魔人を十歳のアルト様は見ていたはずだ。その時に彼は何を思っただろう。

「どうですか? 今なら私のこと花嫁に見えますか?」
「どうだろうな?」
「特に変化ないって顔してますね」

 口角をあげてこちらを楽しげに見てくれていたアルト様の表情が突如変化した。驚いたような表情から苦悶に変わる。

「アルト様?」
「……」

 アルト様は胸を抑えてうつむいた。――暗黒期は制御が利かなくなる。それが始まったと言うのだろうか。

「アルト様、大丈夫ですか?」

 近くまで駆け寄ると、アルト様は苦しそうに喘ぎながら崩れるようにしゃがみこみ胸を抑えたままだ。
 どうしよう。そうだ、花嫁の仕事! 魔力、私の魔力を分け与えれば……!
 アルト様の前に膝をつき、顔を覗き込むと

「アルトさ――」

 アルト様が顔を上げ至近距離で目と目が合った。アルト様のはずなのに知らない誰かに見えた。
 アルト様の瞳は金色に鈍く光っていた。月のように暗さを抱えながら煌めく瞳に魅入られるように身体が固まる。

「アイノ」

 初めて……初めて私の名前を呼んでくれた。低く甘い声が私の身体を駆け巡って動けないままでいると、彼の鋭い爪が私の顎に触れた。そして私は誘われるように彼に引き寄せられ、言葉を発する暇もなく唇が重なっていた。
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