孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
昔の夢を見た。それは幸せな過去のはずなのに背中にじっとりとした汗がはりついていて身体を冷やしていく。
夢を見たのは久しぶりだ。いや、眠ること自体久しぶりだ。
眠っていたというより、初めて魔物化して気絶していたにすぎない。昨日の事はほとんど覚えていない。胸の中に湧き上がるような強い感情が流れ込み、そのまま意識は消えてしまった。
「アルト様! 目覚めたんですね!」そう言って明るい笑顔を俺に向けるのは。
そうだ、彼女が、アイノが『白の花嫁』になってしまった。
「無事なら良かったです。体調は大丈夫ですか?」
俺の顔を観察しながらアイノは尋ねた。
自分こそ熱があるくせに、俺のことを心配する。
理不尽に『白の花嫁』に選ばれてここにやって来たというのにアイノはいつだって俺のことばかり気に掛ける。
――この日が来ることを恐れていた。
暗黒期に『白の花嫁』を与えられると魔人は執着してしまうという。
自分が彼女を見る目が変わってしまうことが、気持ちがどう変化してしまうのか、それがなにより恐ろしかった。
しかし目の前で笑っている昨日までのアイノは何も変わらない。
俺の知っているアイノのままだ。その事実にひどく安堵した。俺は昨日までと同じくアイノを……こ、好ましく思っている。
魔力をもらって正式に『白の花嫁』になっても。
……うん? 魔力をもらって……?
階段をのぼる足が止まる。アイノが不思議そうにこちらを見てくるが、俺は昨日この唇に……。
「俺は、お前から魔力をもらったか?」
あれはもしかしたら夢だったかもしれない、そう思って念の為確認してみるが。
「多分。白の花嫁からの魔力の受け渡しの方法ってキスで合ってますか? それなら分けられたと思いますけど」
やはり夢ではなかったか。あれはキスというより魔力を奪ったに過ぎないが、それでも彼女の唇に噛みつきたい衝動だけは覚えている。それは自分の意志なのかもわからない。
せめてもの謝罪を口にすると、アイノはきょとんとした後に小さく笑って「嫌じゃなかったですよ。だから大丈夫です」と言った。
……そうか、嫌ではないのか。
アイノはずっと俺の花嫁になりたいと言ってくれているのだから、受け入れてくれるとは思っていた。
しかし彼女の俺への「好意」が「恋愛感情」なのかどうかわからなかった。俺が恋愛に疎いのはもちろんだが、彼女の語るものは「憧れ」に近く、現実的なそれではないと感じたから。