孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
『夜』がきて、昨日と同じく意識が奪われた。
でもそれは一瞬のことで、ひんやりとしたものが彼女の手のひらから伝わって頭を一時的に冷やしてくれた。目を開けると約束した通り両手が繋がれている。
「アイノ」
名前を呼んでみると、潤んだ瞳と目が合った。
その瞳を見た瞬間、冷えたはずの頭がカッと熱くなり、その衝動のまま彼女の手を引いて抱きよせる。
熱くなった身体に冷たい頬や手のひらが触れると衝動がまた少し収まって身体が落ち着いてくる。
「アイノ」
どくん。心臓が再び大きく音をたてる。そこからどくんどくんと熱い血が全身に流れていく。
アイノに優しく触れたいのに。まるで頭の中でけ
質問する唇に視線が引き寄せられる。――キスをして、全てを奪いたい。この熱を冷ますには全て奪わなくては。
奪いたい、奪いたい……奪いたい。奪え奪え奪えと暴力的な感情が身体まで流れ込んでくるから、足に爪を突き刺し痛みとして逃がすことで堪える。
「アイノ、俺のアイノ……アイノ……俺のアイノ……アイノ…」
唇が勝手に開き、彼女の名前を繰り返していく。
そこに俺の意思はなく、止まらない唇が胸をざわつかせる。
俺の唇は確かにアイノの名前を呼んでいるのに、まるで知らない誰かを呼んでいる感覚に近い。
意思を持って彼女を呼んでいるのではなく、ただひたすらに花嫁の名前を呼んでいるに過ぎなかった。それが気持ち悪くて吐き気に変わる。
「はい。貴方の花嫁ですよ」
混乱した俺の頬にアイノが触れた。
ひんやりとした手に、びくりと身体が一度震えてざわついていた感情が止まる。
落ち着いたと思えばまたすぐに『もっと欲しい』とドロリとした感情が俺を急かすから左手を取る。
左手が頬に触れられるとようやく噴火は止まり、支配されて塗りつぶされていた衝動が和らいでいく。
腕の中にいるアイノが、愛しい。めちゃくちゃに抱きしめているのに、俺を心配するその瞳が愛しくて恋しい。
足りない、と思う心は魔物の心ではない。
俺がアイノを愛しいと思う気持ちだけだ。我慢できずに俺は髪の毛にキスを落とした。
「アイノ、愛している」
そう漏れたのは、紛れもなく飾り気のない自分の感情だった。