孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
緊張している私の手にアルト様の体温が伝わり、彼はゆっくり歩き始めた。
「不安か?」
しばらく黙って、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩んでくれていたアルト様は尋ねた。
「少し不安です。アルト様は不安ではないのですか?」
「そうだな。危険性はある。人間は信用できないし嫌いだ。――でもまず話すことが必要なのではないかと思った。あの日、アイノを受け入れて正解だったから」
「……」
私を見る目はひどく優しくて、初めて会った時の冷たい瞳がもう思い出せない。
でも、そうだ。あの時だって。『白の花嫁』はアルト様にとって憎むべきものなのに、迎え入れてくれた。
「そうですよね。人間とか、魔人とか、関係なく。まず知らないとですよね、相手を」
「それに完全に信頼しているわけではない。彼らは城の一室に転移させる、そこは魔力が無効化される部屋だ。こちらも向こうも武器を置けば冷静に話し合えるだろう」
こちらも武器を置く、と言い切るのがアルト様らしい。
「そんな部屋があるんですか」
「ああ。白の花嫁が最初に暮らす部屋だ。花嫁は怯えていることも多いし、魔人側も魔力を持つ花嫁に攻撃されたり自害されることを恐れていたらしい」
「お互い敵意はないことを証明しあったんですね」
そうだ。誰も彼も、最初から敵意があるわけではない。知らないから怖い。相手を知らないことは恐怖だ。だから、武器を置いて、証明し合う。知っていくんだ。
いつの間にか林を抜けて、城の前までやってきていた。
不安はあるけど。私が知っている彼らはゲームの中の彼らだ。この世界の彼らのことなんて何も知らない。リイラのことを信頼しているのだって、親しみのあるヒロインだったからじゃない。アルト様のことを好きになったのも、推しキャラだからじゃない。
だから、知るんだ。話すんだ。
「よし、城のお掃除頑張りましょう!」
そう決めたのなら、今私がやるべきことはまず城の掃除だ!