孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
キッチンに入ると既にアルト様はそこにいて相変わらずムスリとした表情を浮かべている。
「すみません、遅れちゃいました?」
時間通り来たはずだけど……キッチンに置いてある時計を見ると約束の時間より早い時刻が表示されていた。良かった、遅刻はしていない。
「いや、俺が早く来ただけだ」
「楽しみにしてくださったんですね、嬉しいです」
キッチンにかけてあった白フリルのエプロンがひらりと舞って、私の一部になる。
「お前は、都合のいいように解釈する」
「その方が人生幸せですよ」
アルト様の呆れたような口調も気にならないほどゴキゲンな私は冷蔵庫から魚を取り出した。
「じゃあまず串で刺しますか」
「ああ」
先日、魚の塩焼きをした。塩を振ってアルト様の炎魔法で直火焼きをしただけのシンプルな料理だけど、大変気に入ってくれたみたいで。アルト様が魚を好きなことには最近気付いた。
『次の魔法講座では、炎の加減について教える。魚を焼いて実践する』と提案してきて、頬が緩むのを隠すのに困ったものだ。素直に言ってくれたらいくらでも焼くのに。
「お前はどうやってこの魚を焼く?」
串に刺さった魚を手に持ってアルト様は質問した。美男子と魚、なんだかおもしろいツーショットだ。
「攻撃呪文を唱えたら大変なことになるのは先日の人参でわかりました」
「そうだな。――炎を発生させる呪文はなんだ? まずは小さいものでいいから発生させてみろ」
「わかりました。ルーナ・リエーキン」
家で大きな炎をあげたら大変だ。私は人差し指をたてて呪文を唱えた。
――成功だ。私の人差し指からは蝋燭ほどの弱い火がゆらめいている。
「今どんなイメージを浮かべながら呪文を唱えた?」