孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜
前世の推しとして、キャラクターとして好きだった。萌えの塊だった人。
「おい。水、やりすぎじゃないか」
私の手首を長い指が捕らえた。
「はっ、すみません……」
手からシャワーが止まる。本当だ、目の前の花壇は大雨が降った時のようになっている。
「ぼーっとしていました」
「お前が考えごとなんて珍しい」
「それは失礼ですよ」
私がふざけて睨むとアルト様はほんの少し口角をあげた。アルト様が大笑いしているところは見たことはないけれど、こうして時々口を歪めてくれる事が増えた。そのたびに私の胸はクリスマスの日のような優しい灯がともる。
キャラクターとしてのアルト様は萌えで、胸がどきどきする人だったけど。こうして隣にいるアルト様はじんわりと嬉しくなるのだ。なぜか時々泣きたくなるほどに。
「じゃあ行きましょうか」
私は猫車の持ち手を掴んで言った。中には花の苗がいくつも積んである。
「俺が押す」
「ありがとうございます」
押すというか……猫車はアルト様の魔法によって自動で進んでいく、森の中に。私たちは猫車の後を追いかけて森の中に入って小さな道を進んでいく。そしてお墓の前で猫車は静かに止まった。
「よし、やりましょう」
あの日からやることが一つ増えた。アルト様の思い出の屋敷を、少しだけ華やかにすることにしたからだ。
ここに眠る人たちの気分が少し明るくなれば、と。これは完全なる自己満だけど、どうせスローすぎるライフでやることなんてほとんどないんだ。自分の気持ちが明るくなることをやるのは健康にだっていい。
アルト様のお母様のような立派なガーデニングはできないだろう。それでも過去に美しい庭園だったボロボロの荒れ地から、季節のうつろいを花で感じられるくらいにできたらと思っている。