まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 張りきっている妻を無下にできなかった彼に優しさを感じた。

「困らせてしまい申し訳ございませんでした。マドレーヌはそのままお皿にお戻しください。食べようとしてくださった殿下のお気持ちを嬉しく思います」

『美味しい』という言葉が聞きたかったが、わがままは言えない。アドルディオンが気を使わぬようにとがっかりした心を隠し、強めに微笑んだ。

 それなのに彼は眉間に皺を寄せ、マドレーヌを置こうとしない。

「作り笑顔はいらない」

 不満げに言ったその直後、マドレーヌにかぶりついた。

(た、食べた。どうして?)

 パトリシアは目を丸くして、近侍は止めようとする。

「殿下!」

「お前は黙っていろ。しっとりとしてバターの香りがいい。美味しいマドレーヌだ。パトリシアは料理上手なのだな。また作ってくれ」

 レモンティーも半分ほど一気に喉に流した彼が、涼やかな顔で微笑んだ。

 驚きの後にはパトリシアの胸にたちまち喜びが広がる。

(危険はないと信じてくださったんだ。味の感想もすごく嬉しい)

 子供の頃から食べてくれた人の『美味しい』という言葉に元気をもらってきたが、これほど大きな喜びを味わうのは初めてかもしれない。

 妻を信じルールを破ってまで食べてくれたアドルディオンの思い遣りに胸打たれていた。

 名ばかりの夫婦のはずなのに絆が生まれたのを感じる。

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