まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
秘密はやがて暴かれる
 オレンジ色の西日がアドルディオンの執務室に差し込む。

 開け放している窓からぬるい風が入り、レースのカーテンを揺らしていた。

 先ほど離宮から戻ったところで、執務椅子に座るとやりかけの書類を手に取る。しかし目は文章を上滑りし、妻の顔を思い浮かべてため息をついた。

(なぜだ)

 パトリシアの手作りマドレーヌを食べたのは十日前になる。

 それから三回、休憩時間に離宮を訪ねたが、決まって彼女が途中で席を立ち、代わりの話し相手にとジルフォードが現れた。

『王太子妃殿下の命を受けた侍女殿より、大至急と呼ばれて参りました』

 そう言って駆けつけたジルフォードも困惑していた。

 無理して時間を作り、離宮に通っているのはもちろんパトリシアと交流したいからだ。

 クララに似ている気がしたが、会えば会うほどその思いは深まる。

 毒見のルールを無視してマドレーヌを食べた時の嬉しそうな妻の笑顔は可愛らしく、冷たいレモンティーの心遣いには感心した。

 あの時は妻との距離がグンと近づいたように思ったが、以降は避けられているように感じる。

 今日は到着してたった五分で離席され、手作りの菓子も出されなかった。

(考えられる理由は――)

「俺はパトリシアに嫌われているのか?」

 独り言として呟いたのだが、返事がある。

「そうではないと思います」

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