まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 申し訳なさに心を揺らしていたら、同情するなというかのように、腰に回されている夫の腕に力が込められた。

「殿下……」

 視線を絡ませる夫婦を見て、ハイゼン公爵が怒りを加速させた。

「エロイーズには生まれた時から最高の教育を受けさせてきた。皆から羨望の眼差しを向けられて淑女の鏡とまで言われているのですぞ。その私の娘が、下民の腹から生まれた卑しいにわか貴族に劣ると言われるのか!」

「性根の清らかさでは劣るだろう。私に愛情があるのではなく、妃の座に執着しているだけなのはわかっている。嘘泣きはやめろ」

(えっ、嘘泣き!?)

 ピクッと肩を動かし、ゆっくりと両手を下ろしたエロイーズの頬は濡れていない。騙されてショックを受けるパトリシアを鋭く睨んできた。

「私の妻への侮辱は王家への反意とみなす。今後は二度と許されないものと思え」

 アドルディオンは決して声を荒げたりしないが、静かな怒りがひしひしと伝わる。

 公爵父娘は悔しげで、劣勢に立たされていることに納得できない顔をしていた。

 不意に視線を外したアドルディオンが、窓の外に目を細めた。

「前庭の緑が濃くなったな。今年の夏は例年より暑い」

 当たり障りのない話題に転換した彼を不思議に思う。

 和やかな雰囲気を作って公爵との和解を考えているのかと思ったが、違うようだ。

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