まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
「たしかハイゼン公爵領には避暑地として知られている高原があったな。秋が深まる頃まで領地で涼むといい。その間の貴殿の職務は他の者にあたらせよう」

 秋が深まる頃とは三か月後くらいだろうか。

 気遣うような言い方だが、その実は謹慎処分である。

 不敬も厭わず、公爵が殺気をにじませた視線を向けてきた。

 パトリシアはこれまで自分の性格をたくましい方だと思って生きてきた。夜道も蛇も怖くないし、暴れ馬だって手懐けられる自信がある。

 村での暮らしで怯えたのは森に住む悪魔と船を沈める大嵐くらいだったのに、ハイゼン公爵にはこれまで経験したことのない恐怖を感じた。

(権力者が本気で怒ると怖いのね……)

 沈黙の中、ハイゼン公爵とアドルディオンの間で十秒ほど火花が散り、その後はおもむろに公爵が立ち上がる。

 エロイーズを伴ってドアへと向かい、すれ違いざまに低く笑った。

「後悔なさいませんように」

 背筋がゾクッとして肌が粟立ったが、夫の腕に守られているためなんとか耐えられた。

 公爵父娘が出ていってドアが閉まると、強い恐怖と緊張から解き放たれて足から力が抜けた。

「あっ」

 崩れ落ちそうになった体はアドルディオンに支えられ、横抱きにされる。

「大丈夫か?」

 たくましい二本の腕が背中と膝裏に回されて軽々と抱えられている。

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