まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
「なにを謝る必要がある?」

 彼に限って裏切りはないと信じている。

 これまで仕事でミスしたこともなく、有能であるため予想がつかない。

 外套を脱いで従僕に渡しながら、返事を催促する。

「もったいぶらずに言え」

「失礼いたしました。では沐浴室まで歩きながらお話いたします」

 私室に戻る前に湯を浴びようとしているのもお見通しの近侍と連れ立ち、沐浴室のある一階の北棟へ足を進める。

「今晩、殿下が召し上がる予定の焼き菓子を私が食べてしまいました。妃殿下の手作りです」

「は?」

 聞けば一時間ほど前にパトリシアの侍女が、『毒見してください』と無邪気な笑みを浮かべてブルーベリーマフィンを持ってきたそうだ。

 王太子妃専用の調理場は鍵付きで、彼女の許可がないと出入りできないようにしてある。

 そのため毒見係を呼ばずに普段から妻の作るティーフーズを口にしていた。

 夫婦一緒に休憩時間を過ごせなかった今日のような日は、寝る前に少しだけでも手料理を口にするようにしている。

『美味しい』と言えばパトリシアは喜び、その可愛い笑顔が見たいからなのだが、感想に偽りはなく心温まる優しい味だと感じていた。

 アドルディオンのために妻が菓子を作るのは日常だが、なぜ侍女がジルフォードに毒見させるのかがわからない。少し考え、好意の表れだと気づいた。

「菓子作りをエイミも手伝ったからか」
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