まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
「俺はなにも言っていないぞ。くだらない嫉妬をすると思ったのか?」

「失礼いたしました。情報を付け足しますと、妃殿下は今、急いで菓子を作り直していらっしゃいます」

 ジルフォードが味を褒めたら、すっかり嬉しくなった侍女がお代わりを何度も持ってきて、その結果アドルディオンの分がなくなったらしい。

「沐浴を終えて寝室に入られましたら、ちょうど焼き上がった頃でしょう。妃殿下が、殿下のためだけにお作りになられたブルーベリーマフィンが。ちなみにブルーベリーには目によい成分が含まれておりますので、毎日大量の書類に目を通される殿下を気遣ってのことだと思います」

 勝手に熱くなる頬を見られないよう、微笑む近侍から顔を背けた。

 画廊のように飾られている見飽きた名画を眺め、唇を引き結んで歩いていたら、クスリと笑われた。

『本当は嬉しいのでしょう?』

 ジルフォードの心の声が聞こえてきそうで悔しくなる。

(お前の方こそ舞い上がっているだろう)

 主君と妻の距離が縮まるのを、近侍は密かに喜んでいる。

 子を成すのも王太子の務めなのだから、愛ある普通の夫婦関係を築いてもらいたいと願っているはずだ。

 早く過去の少女を忘れてほしいとも思っているのだろう。

(いくらジルの洞察力が優れていても、この胸のクララへの想いはわからない。九年前の地獄を体験していないのだから)

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