まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 時が経てば懺悔の思いや愛しさが消えるわけではない。

 ただ、つらさを紛らわせるのが上手になるだけなのだ。



 沐浴をすませて私室で寝間着に着替え、夫婦の寝室に繋がるドアを開けた。

 するとちょうど妻の部屋側のドアも開き、ネグリジェに薄いガウンを羽織った姿のパトリシアが入ってきた。

 間に合ったと言いたげに彼女はホッとして、それから嬉しそうに微笑む。

 その手には銀のトレーが持たれ、マフィンがひとつとティーセットがのっていた。

 寝る前に彼女が淹れてくれるのは、いつも体に優しいハーブティーだ。

 ソファに移動してパトリシアを先に座らせた。

 腕がわずかに触れ合う近距離に腰を下ろせば、彼女の頬が染まり、抱きしめたい衝動に駆られる。

 それをグッと押し込めて意識をマフィンに向けた。

(俺のためだけに焼いたブルーベリーマフィンか)

 時間がない中で作り直すのは大変だったろう。

 妻の優しさや、温かいハーブティーと焼き立てマフィンの香りに包まれたら、ジルフォードを許す気持ちになれた。

「遅くまでお疲れさまでした。今日はどのような夜会だったのですか?」

 心配させないようハイゼン公爵家については触れず、月を眺めながらワインについて語り合った話をした。

「気に入った白ワインがあった。ワイン商に注文しておいたから今度、君とふたりでの晩餐で飲もう」

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