まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
(男性に対して色っぽいと感じるのはおかしい? あまり殿下の方を見ないようにしよう。平常心を取り戻さないと普通に話せない)

「いえ、むせてしまっただけです。失礼しました」

浮き出しの蔦柄の壁に視線を留めて答えると、「そうか」と淡白に返されて間が空いた。

(なにを話せばいいのか、いつも以上にわからないわ)

静寂に包まれる中、夫がベッドに腰かけたのでパトリシアは見下ろす格好になる。

(私も座るべき? ベッドのどの辺りに?)

どうにも収まらない動悸に耐えながらやっとの思いで目を合わせたというのに、避けるように逸らされた。

形のいい彼の唇は両端が下がり、不機嫌そうだ。

それに気づいた途端、あれほどうるさかった鼓動が静かになっていく。

(そうよね。私に関心がないのに同じ部屋で寝なければならないのだから、嫌に決まっている。でも目も合わせてくれないほどなんて。同じベッドは使わない方がいいみたい。こんなに嫌がられているのに隣で寝るのは私も悲しい)

「殿下の睡眠のお邪魔をしないよう、私はそちらのソファを使わせていただきます」

ドアに近い側に豪華なソファセットが置かれていた。

パトリシアの背丈なら足を伸ばして楽に寝られそうだ。

気を利かせたつもりでソファの方に爪先を向けたら、突然手首を掴まれて心臓が波打つ。

端整な顔には不似合いな皺が眉間に刻まれていた。

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