凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

 普段六十代とは思えないほどバイタリティにあふれ若々しく見える早織さんが、急に老け込んだように見えて心配になる。

『ごめんなさいね、突然』
『いえ……どうされたんですか?』

 コーヒーを出しながら、そこまで緊張するでもなく質問した私に早織さんは淡々と言い放った。

『宏輝さんと別れてほしいの』
『……え?』

 思わず愕然と早織さんを見つめる。聞き間違いだろうか、とみじろぎした私に、彼女はすっと一枚の紙を差し出した。小切手だった。一目では幾らかわからないほどの金額が書き込まれている。

『ウチの病院が、北園会病院と提携することになったの。あの病院は内臓疾患に対する治療成績が世界的に見てもずば抜けてる。ぜひとも、いえ、何があってもこの提携は成し遂げなくてはならないわ』

 医療法人北園会病院。関東を中心に、北海道から沖縄まで、道府県所在地などある程度の都市には必ず北園会の病院がある。都内にもクリニックを含め四箇所、うちひとつは救急指定も受けている総合病院だ。
 上宮病院もかなり大きな病院だけれど、北園会とは規模が違った。それほど大きな病院との提携話が出ているなんて、初耳だった。

 宏輝さんが『忖度されたくないから』と大学も研修医としての勤務先も上宮と一切利害関係のないところを選んだのもあるだろう。いずれは医者として経営者として関わることもあるだろうけれど、勉強中である今はほぼノータッチのはずだった。

『それと……病院の提携話と、私たちの結婚と、一体どんな関係が』
『北園会病院の院長の娘さんが、ちょうど宏輝さんと同じ年頃なの』

 そうして早織さんはじっと私を見つめた。

『宏輝さんとその方が、政略結婚……ということですか……?』

 呆然と呟いた私に、彼女は頷く。
 私はすっとテーブルに歩み寄り、小切手を手に取った。頬を緩めた早織さんの目の前で、その紙切れをビリビリと破いてみせる。

『あ、あなた、何を』
『絶対に別れません!』

 言い放った私に、早織さんはテーブルを叩いて立ち上がり、叫ぶように言う。

『自分のことばかり考えるのはやめて!』
『どういうことです!』
『この提携で、一体どれだけの患者さんが助かると思っているの……!』

 私はただ目を見張り、必死の形相で食い下がる早織さんを見つめていた。その表情はどこまでも真剣で──……。
 ドクターの顔だった。患者を救いたい、その使命に燃えるひとりの医者が、必死で私を説得していた。

『助けたいの』

 早織さんの悲痛な声に、胸が詰まる。

『でも……でもどうして、普通に提携の話を進めないのですか』

 唇を噛みながら聞くと、早織さんはきゅっと綺麗な眉を寄せて『そんな悠長なことをしている時間がないの』と呟いた。

『時間……ですか?』
『本当にこの治療を必要としているのは、私の夫よ』

 ハッとして目を丸くする。宏輝さんのお父様⁉︎
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