凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

『あの人、病気なの……肝臓よ。助かる手段は移植しかないのだけれど、誰からも移植を拒否していて』
『そんな……』
『あの人ね、一回決めたら梃子でも動かないから……北園会病院は、移植しかないと言われるような病状でも回復率が高いの。奇跡だと思う。でも、その技術を手に入れることができたら?』

 早織さんがぶるぶると震える。泣くのを堪えた表情だった。

『こんな状況になって、初めて患者さんの、そしてご家族の気持ちがわかるようになったの。お願い、あなたひとりが身を引けば、あたしの夫……宏輝さんのお父様が助かるだけじゃない。何人もの、いえ何百人、何千人という人たちが助かるのよ!』

 早織さんは立ち上がり、ふらふらしながら床に座り込み頭を下げた。

『さ、早織さ……!』
『お願い。お願いします。宏輝さんを諦めて』

 私は俯いた。
 混乱して、何もわからなかった。ただポタポタと涙が零れ落ちる。

『お金は……いりません……』

 なんとかそう伝えるので、精一杯だった。




 宏輝さんに知られれば、彼はそんな話を無視して私を妻にするだろう。医者として、息子として、彼が喉から手が出るほどこの提携を欲していたとしても……彼は、優しい人だから。
 私を捨てたりできないのだ。

 だから、この方がいい。いま離れたほうが。
 顔を見て別れを告げることはできなかった。彼はきっとすぐに私の感情を見抜いてしまう。

 だから手紙を書いた。他に好きな人ができたと、もうあなたはいらないと、そう書いた。
 婚約指輪とクンツァイトの指輪、ふたつを添え彼と暮らした部屋のテーブルに置いて、ひとりで荷物を抱えて東京を去る。職場に関しては、先に早織さんが退職の話を進めていたと聞いて妙に力が抜けた。私がこの話を呑むこと前提で、みなが動いていたのだと分かった。

 私は……病院のスタッフ含め、そもそも上宮の家のみなさんに歓迎されていなかったんだな。

 お母さんにはよくよく話をした。お母さんもすでに早織さんから聞いていたらしく、私を心配しつつも『あなたがそう決めたのなら』と優しく送り出してくれた。そもそもお母さんは上宮家に大恩がある。上宮家の決定とあらば逆らえないというのも本音だろう。
 そして私もそうなのだ。

 新幹線で京都に向かいながら、私はずっと泣いていた。どうしたらいいしたらいいかわからず、何度ももう何も嵌っていない薬指を撫でた。

『宏輝さん、宏輝さん』

 私は携帯の中にある写真を、動画を泣きながら見続ける。
 宏輝さんに会いたい。別れたくなんかないって言いたい。でもそのたびに早織さんの言葉がまざまざと蘇った。


 私が身を引けば、多くの人が助かるんだ。


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