凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
どきまぎしつつタオルを受け取り、祐希を吹き上げると、祐希は不思議そうな顔で俺を見つめている。
うまく拭ききらないうちに祐希はよちよちと歩き出す。報告によれば十ヶ月で歩き始めたとのことだから、早い方だ。数歩進んで床に座り遊び出したから抱き上げてリビングに運び、きっちりと拭きあげる。俺のことが珍しいのだろう、どんぐりまなこでじっと見つめてくるのがなんとも可愛らしい。幼児に触れるのなんか、研修医時代にローテーションで小児科に行ったとき以来だ。
……あのときも、小さな赤ん坊に祐希を重ねていたけれど。いざ本人を前にすると、高揚感でうまく対応できているかわからない。
ソファの上に用意してあった保湿剤を全身に塗り、おむつを履かせてパジャマを着せた。祐希はじっと俺を見つめたまま、素直にされるがままだ。ソファに座らせ、その前のラグにあぐらをかいて座った。目の前に俺とそっくりの存在がいる。愛おしくて愛くるしくて、泣きそうになった。
「うー、ぱ」
祐希がそう言って小さな手で俺の頬を叩く。可愛すぎてそのままにしておくと、どんどん力が強くなっていく。
「う、祐希。そろそろパパを叩くのやめようか……」
「仲良いね」
降ってきた声に振り向くと、パジャマ姿の茉由里がいた。艶やかな黒髪はまだ濡れており、肩にタオルがかかっている。
「普段、お風呂上がりはすごく暴れるのに」
茉由里は少し不服そうだった。
「なんだか宏輝さんの前では素直」
「素直なんじゃなくて、まだ警戒しているんだろう。そもそも哺乳類全般にその傾向はあるようだし」
「その傾向?」
「母親の前ではわがままになるってことだ──母親というか、主たる保育者」
「ああ」
茉由里は納得したように微笑み、祐希の頬を優しくつつく。
「……詳しいね。実は小児科を選んだの?」
「いや、外科だ。心臓血管」
「ああ、希望していたもんね」
覚えていてくれたのか、と胸が暖かくなる。
「じゃあ忙しいんだ……って、何科でも忙しいか、お医者さんなんて」
「そうだな……ただ、極力、これから祐希の風呂上がりは俺が担当しようか」
さりげなく言ったつもりだったけれど、茉由里は眉を上げて微かに苛立ちを表す。
「しなくていいよ。私は祐希を上宮の跡取りにするつもりはないから」
「……約束する。祐希に決して無理強いはしない。プレッシャーも上宮の期待も背負わなくていい環境を必ず作る」
「……どうだか」
茉由里の声に、彼女からの信頼はもう残っていないのだと心が重くなる。俺は茉由里の手を取った。
「宏輝さん、離して」
「いやだ。茉由里、覚悟していてくれ。必ずまた君に愛してもらえるよう全力で口説くから」
「そんな日は来ません。もう私、あなたを愛していないの」
ふっと笑って茉由里の顔を覗き込む。睨まれたけれど構わず頬に口付けた。
「俺は君を愛してる。ずっと君だけを」
茉由里が目を逸らす。白い肌にさっと朱色がはいたのを俺は見逃さない。
ふと、ソファに座っていた祐希がはっきりとした口調で言った。
「ぱぱ」
ばっ、とふたりして祐希を見つめた。祐希はじっと俺を見たまま「ぱぱ」と繰り返す。
茉由里は目を見開き、さっと顔色を悪くする。それから祐希を抱き上げた。