凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】

「そう、だったの……?」
「当たり前だろ」

 さらりと言い切って、彼はやさしくこめかみにキスを落とした。キスひとつひとつから、はっきりと伝わってくる熱量にたじろぐ。

「愛してる」

 耳元で囁かれる掠れた声に、力が抜けそうになる。このまま彼に全てを委ね、言われるがまま彼の横にいたくなる。

 でもそれは、私のエゴでしかない。

 だいたいこの「愛してる」だって、彼の錯覚なのかもしれなかった。妹のように慈しんできた女が自分の子どもを産んだと知って感傷的になっているだけなのかも……。
 だって、北園さんと宏輝さんはきっとうまくいっていたのだから。
 宏輝さんもいつか、必ず目が覚める。自分が上宮の後継として生きていくのに必要なのは、妹のように守ってきた何も持たない恋人ではなく、それこそ北園華月さんみたいな全てを持った上で自分で立っている女性なんだって。
 私は身を捩り、彼の腕から抜け出す。じっと見つめると、宏輝さんは軽く肩をすくめて立ち上がり、座卓の反対側に座った。

「食べようか」
「……うん」

 重箱を開くと、きらきらと宝石のような和風懐石のお弁当だった。二段重ねになっており、ひとつには手鞠寿司や鴨ロースの木の芽味噌和え、春野菜のゼリー寄せなどが美しく詰められていた。もう一段にはてんぷらや桜鱒の塩焼きなど。窓の外で風が吹いて、桜の花びらが舞い上がる。四角い空間でくるくると花びらが回る──ぽろっと涙が零れた。

「茉由里」
「ど、どうしてこんなことしてくれるの。喜ばせようと頑張ってくれるの」

 わざわざ家を買い、庭を整え、使わないかもしれない布団まで揃えて。今日だって、こうやって食事まで手配してくれて。

「私はあなたに何も返せないのに、何もできないのに。私はあなたにふさわしくな……」

 座卓に身を乗り出し、宏輝さんは私の手を大きな手のひらで塞ぐ。

「もう聞きたくないって言っただろ? 茉由里」

 穏やかな声で言いながら、宏輝さんが私から手を離す。

「でも、でも」
「俺はいつだって君をどう喜ばせるか考えてるんだ」

 ゆっくりと彼は座布団に座り直し、行儀悪く肘をついて私を見つめる。

「宏輝さん?」
「昨日、俺、よく寝ていただろ」
「あ、うん……」
「あんなに眠ったの、いつ以来かわからない」

 え、と私は目を瞬いた。それって……?

「君が俺からいなくなって、俺は眠れなくなった。君がひとつ屋根の下にいると思うと、自然に眠れた。俺は君がいないとダメなんだ。何もできない」

 宏輝さんは苦笑しながら、上品に箸を動かす。

「俺の行動原理は全て茉由里なんだ。君がいないと俺はろくに眠りもできない」
「そんな、どうして」
「愛してる。それ以外に理由が?」

 ぶわりと全身に血が巡る。ダメだとわかっているのに、嬉しくて仕方ない。
 ただ黙っている私に、宏輝さんはすっと目を細めた。さっきまでの柔らかい雰囲気が霧散する、熱くて昏い瞳をして。

「逃さない、茉由里。もう何があっても」

 ……その言葉が、何をしていても、どこにいても耳に蘇って。




「上の空だね」
「っ、あ、ご、ごめんなさい」

 翌日、カフェでいつも通りコーヒーカップを拭いていた私は、叔父さんのひとことに慌てて頭を下げる。叔父さんは苦笑した。

「いいよ。そりゃあ考えるよな」
「……叔父さんは、いつから知っていたんですか? 宏輝さんが私たちを迎えにくるつもりだったって」
「まだ祐希が産まれる前だよ」

 目を丸くして叔父さんをみつめる。

「必ず迎えに行きますので、少しの間だけよろしくお願いしますと……祐希の通う保育園の先生や、ここの常連客の何人かは、上宮さんが手配した警護員だ」
「……嘘」
「深くは知らないんだが、君と祐希に危害を加えるとでも脅されたんじゃないか」
「宏輝さんは脅迫に負けるような人では……」
「自分のことならばいくらでも無視できたんじゃないか。君たちの、大切な妻子のことだから」

 言われて肩を落とし、コーヒーカップをそっと棚に戻した。妻でこそ、ないものの……。
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