凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「私たちが彼から離れていることは、彼にとって弱点なんでしょうか。せめて東京に戻れば、彼の負担は減るのかな」
彼の迷惑になりたくないと思うことは、むしろ負担になっているのかもしれない。
「そうだね。多少の不安は解消されると思うよ」
離れている間、うまく眠れなかったのだと宏輝さんは言っていた。ならば……私が彼の元に戻れば、彼は眠れるようになるのだろうか。
「なあ茉由里さん。もう少しふたりで過ごしてみたらどうだい」
「叔父さん……」
「もうお客さんもいないし、今日は店を閉めよう。祐希は僕が見ておくよ。じっくり話し合ってきなさい」
祐希のお迎えに行くと、門の前で宏輝さんが待っていた。シンプルなシャツとジーンズに、大きめのポケットがついたざっくりと編まれたカーディガンを羽織っている。どれも上質なものだと一目でわかる。
仕事終わりの自分を見下ろし、情けなくて少しだけ笑ってしまう。量販品のパーカーにカットソー、黒のチノパン、スニーカー。全部合わせても彼が履いているジーンズの値段にも満たない。それどころか着回しすぎてくたびれてきていた。
こんなに不釣り合いなのに、どうして彼は私を求めるんだろう。妹みたいに育ったからかな。もしかして、恋愛と家族愛をごちゃ混ぜにしてない?
「どうした?」
不思議そうな宏輝さんに「あのね」と声をかける。
「今日、祐希を叔父さんが預かってくれるんだって。夕食、一緒にどうですか」
といっても、ここ数日、朝夕は一緒に食べているのだけれど。けれど宏輝さんは目を輝かせた。
「デートの誘いと思っていいか?」
「いえ、これからのことをきちんと話しましょう。宏輝さんも祐希のことを知ってしまったからには、責任を感じてしまうのもしかたないと思うし」
言いながらそういう面もあるのかもしれないな、と思う。宏輝さんは「家業だから」「御曹司だから」という理由だけで医師になったわけじゃない。人を助けたい、救いたいという真摯な思いもあってのことだと幼い頃からそばにいた私は知っている。
「茉由里、俺は君を愛してるんだ」
宏輝さんがどこか悲しそうに笑う。
「何回言ったら伝わるんだろうな」
「……それは本当に愛なの? 妹への感情とごっちゃになっているんじゃなく?」
「違う。女として見ている」
まっすぐな言葉に肩を揺らした。ふっと宏輝さんが身体から力をぬく。
「ただ、君の立場からすれば、素直に受け入れられないのもわかるよ。仕方ないよな……けれど、必ず挽回していくつもりだ」
私は視線を逸らし、どう彼を説得すればいいのか考えを巡らせた。
祐希のクラスの引き違い戸を開くと、いつも通りてちてちと祐希がかけて来る。
「ただいま、祐希。あのね……」
抱き上げ、話しかけようとしたとき高岸先生が出てくる。
「松田さん。おつかれさまです」
微笑む高岸先生が、ちらりと私の横にいた宏輝さんを見た。その目はいつものように笑っているのに、なんだか雰囲気が違う。
「……もし」
高岸先生が低く抑えた声量で言う。
「もし、松田さんが京都に残るつもりなら、全力で僕がサポートしますので」
その言葉に目を丸くする。どうして事情を……ハッとした。そっか、叔父さんが言っていた「宏輝さんが手配した警護員」……おそらく高岸先生は、祐希の警備担当だったのだろう。
守られていたことに心底驚いた。けれど同時に不思議になる。
「京都に残る、……って」
「そのままの意味ですよ、松田さん。……それから上宮さん」
宏輝さんの名前を知っていることで、疑念は確信へと変わる。やはりそうだ、高岸先生は宏輝さんと面識がある!
宏輝さんがぴくりと片方の眉を上げる。
「そんなことを俺はあなたとの契約の要項に入れていましたか」
「いいえ。ただ、ここで一年、祐希くんを見てきました。この街で、松田さんと祐希くんを育ててきました」
宏輝さんの眉が一瞬険しく寄った。
「そういう言動は教育者として厳に慎むべきなのでは?」
「けれど本当のことです──すみません白川先生、ちょっと松田さんのところお話あるので!」
高岸先生も園庭に出て、水道のあるあたりで宏輝さんとふたり話し出す。私は宏輝さんに目で示されて、園庭のブランコで祐希と遊び出す。板状ではなく、すっぽりと入ることのできる幼児用のブランコだ。
はしゃいで声を上げる祐希をゆらゆらと揺らしながら、宏輝さんたちが気にかかる。
一体どうして、高岸先生はあんなことを言い出したのだろう?
ややあって、宏輝さんがひとりでこちらに歩いてくる。険しい顔だったけれど、私たちを視界にとらえて頬を緩めた。