凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「わー! 綺麗……!」
マリーナを抱くように眺めることができるバルコニーから、茉由里のはしゃぎ声が聞こえる。俺は祐希を抱っこしたまま彼女に近づく。コバルトブルーの港湾に、白いヨットがいく艘も浮かんでいる。赤道に近いとはいえ、冬のいくぶん柔らかな日差しがそれらを煌めかせていた。
「宏輝さん、見て、すごく海が透明。グレートバリアリーフが近いんだから、それはそうか」
「楽しみだな」
再会していちばんはしゃいでいる茉由里がかわいすぎてこめかみにキスをする。ハッとしたように茉由里が照れて視線をうろつかせた。茉由里がはしゃいでくれるのが嬉しい。茉由里が甘えてくれるのが誇らしい。きちんと伝わっているんだろうか?
本格的な観光は明日からにして、今日はのんびり過ごすことになっていた。茉由里と祐希の体調がいちばんだった。時差こそ一時間程度だけれど、やはり乗り慣れない飛行機は疲れるだろうから。
「このホテル、パティオやプールもあるんだね。あとでお散歩にいこうか」
茉由里がにこにことトランクを開きながら言う。
時計を見れば午後三時。ふむ、と少し考えてから提案する。
「その前に、休憩がてらアフタヌーンティーを部屋に頼もうか」
寝室の大きなベッドの上におもちゃを広げていた祐希と茉由里に声をかけると、茉由里が目を輝かせた。
「いいの?」
「夕方から中庭やロビーでイベントをするみたいだから、散策はそのときにしよう」
フロントに連絡をとると、すぐさまアフタヌーンティーがバルコニーに用意された。夕方に近づきつつあることもあり、海風が爽やかだ。潮の香りに混じって、濃厚な茶葉の香りがする。
「おいしそう!」
座り心地のよい籐の椅子に座る茉由里が眉を下げて俺を見つめる。祐希は俺の膝の上だ。人見知りをしない子だと思っていたけれど、実際はそうでもない。やはり茉由里が写真だのを見せてくれていたのが大きかったのだと思う。なんの衒いもなく「パパ」と言ってく」るのが、どれだけ幸福なことか。
「……でもあのね、宏輝さん、その。アフタヌーンティーのマナー、私、知らないの。以前に婚約したとき、レストランでのテーブルマナーやパーティーマナーは勉強したのだけど」
知らないことを知らないと言えるのが、どれだけの美徳なのか茉由里はわからないのだろう。ずっと真正直に生きてきたのだ。
俺は微笑んで「好きに食べたらいい」と答える。
「家族しかいないんだから」
「でも、これからそんな場にお邪魔することもあるかもしれないじゃない……」
アフタヌーンティーは盲点だった、と茉由里は肩を落とした。俺は茉由里が「俺とのこれから」を考えてくれていることが嬉しくて仕方ない。
どうかこのまま、結婚を、それから俺との将来を受け入れてくれるといいのだけど。
「苦労をかけてすまない」
「え?」
「俺と生きなければ、社交の勉強なんかしなくてよかったことだろう? 今の時点ですでに色々辛い思いをさせているのに」
「……頑張るって決めたんだもの」
はにかむ茉由里が愛おしい。ぐっと唇を噛んで手を握った。
「コーヒーなら、すっかり詳しくなったんだけどね」
「茉由里のコーヒー、うまいもんな。でも今日はマナーなんかいいよ、茉由里。俺はこの旅行、君にリラックスして楽しんでもらいたいんだから。マナーの勉強なんか帰国してもできる。今しかできないことをしよう」
茉由里は目を瞬いて、それから微笑んだ。
「そうしよっか。ああ、このサンドイッチ美味しそう! きゅうりたっぷり! あ、先に紅茶か。ミルクインファースト?」
それくらいは知ってるの、と茉由里が微笑む。俺は頷いて、茉由里がティーポットから注いでくれている間に、祐希をチャイルドチェアに座らせた。
「ケーキはまだだめだよ、祐希。ほらこれおいしそう」
茉由里がクロテッドクリームをつけたスコーンを祐希の皿に置く。ひとくち食べて気に入ったらしい祐希は、もぐもぐとスコーンを平らげていく。ぽろぽろと食べかすが溢れるのがまたかわいらしい。
「おとなしいうちに、私たちも食べようか」
祐希を見て細められた茉由里の目には、深い深い愛情が浮かんでいる。頷いてミルクティーを口に運ぶ。
「うまい」
茉由里も「おいしいね」と紅茶を飲んで微笑む。爽やかな潮風が吹き、穏やかな時間が流れる。
とても幸せだと、そう思う。
夕方からのホテルのイベントは、ケアンズ市内でちょうど開催されているフェスティバルに合わせたものだった。日中はさまざまな屋台や移動遊園地などのイベント、夜はプロジェクションマッピングなども行われる。
ホテルでもそれに合わせ、夕方から夜にかけてプロジェクションマッピングを中心とした参加型のイベントが行われていた。
床を泳いでいく投影された魚や鳥を追いかけ疲れた祐希は、夕食後すぐにすやすやと眠ってしまった。
「楽しかったみたい」
ベッドで眠る祐希の頬をつつき、茉由里が優しい声で言う。俺も祐希の頭を撫でた。子どもらしく少し体温が高い、まだ小さな身体。
愛おしくてその頭に口付ける。
そして微笑む茉由里の頬にも、髪にも、こめかみにも、唇にも触れる。
「ん……」
「おいで、茉由里」