凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】


 とはいえ、ある程度分別がつくようになってからはこの約束が実行されるとは思わないようになった。

 宏輝さんと私では、身分が違いすぎるから……。
 宏輝さんと美樹さんが中学に上がったのを契機に、お母さんはお世話係を退職し、代わりに上宮家の紹介で以前とは別の幼稚園に高待遇で勤務しだしていた。おかげで私は経済的になんら困ることなく、中学、高校と進学することができた。

 そして、十六歳になったある日。

『あれ、宏輝さん。どうしたの?』

 私とお母さんが暮らすマンションの前に、宏輝さんが突然やってきていた。私は学校帰りで、カバンを握ったまま首を傾げる。

『いや、茉由里が元気だろうかって』

 宏輝さんがマンション前のベンチから立ち上がり、ゆっくりと私の方までやってくる。
 代々軍医だったせいなのかどうなのか、宏輝さんはスマートでありながらも剛健な雰囲気を持つ端正な男性に成長していた。じっ、と見下ろす視線には探るような気配があった。
 どうしたんだろう、と思いつつ部屋に彼を上げる。お母さんはまだ帰っていなかった。
 宏輝さんにソファをすすめ、とりあえずコーヒーを出したあたりで、宏輝さんに横に座るように促してきた。

『はい……』
『なあ茉由里、どうして俺が来たかわかるか?』

 じっと見つめる視線に絡め取られるように、おずおずと首を振る。宏輝さんはふっと唇を緩めて笑った。背中が一瞬粟だった。見たことのない種類の笑顔だった。瞳の奥に、ほの昏い熱がゆらめいているのがわかる。

『茉由里が最近、あまりに俺にそっけないからさ』
『そ、そっけなくなんて』

 私は内心びくりとしつつ言葉を返す。

 少し前にお母さんに言われたのだ──『そろそろあなたもいい年齢なのだから、宏輝さんとは距離を取るべきよ』──そうじゃなければ、不毛な恋心で苦しむことになるよ、と。
 お母さんにすべてバレていたことに驚きつつ、その通りだとも納得した。

 たまたま兄妹のようにそばにいることができた。けれど、きっと未来はない。どれだけ私が彼を好きでいようとも……。
 切なくて苦しかったけれど、さりげなく距離を置いたつもりだった。
 まさか、彼の方から会いに来てくれるなんて思ってもいなかったのだ。

『美樹とは会ってるんだろ? 俺とはどうして?』
『どうして、って……』

 宏輝さんは、困惑して彼を見上げる私の髪を撫でる。
 ときおり撫でてくれることはあったけれど、こんな……どこか官能すら感じる触れられ方は、初めてだった。血液が沸騰するかのように熱い。

『こ、宏輝さん?』
『茉由里。約束……忘れてないよな?』
『約束?』

 私はきょとんと宏輝さんを見つめる。
 約束だなんて言われてすぐに思う浮かぶのは、幼い頃の結婚の約束くらいなものだ。
 けれどそんなはずはないし……と眉を寄せた私の小指に、宏輝さんは自分の小指を絡めた。
 思わず息を呑む。
 そのまま手を持ち上げ、宏輝さんは私の小指にキスをする。

『覚えてるよな?』
『は、い……』
『ん。良かった』

 宏輝さんほそう言って、私の額にもキスをする。
 本当に顔が発火するかと思った。きっと真っ赤になっているだろう私に向かって、宏輝さんは目を細めた。

『続きはもう少し茉由里が大人になってから』

 頭の奥がじぃん……となって半ばぼうぜんとしている私に宏輝さんは優しく微笑んだ。
 逃げられると思うなよと、そう言われている気がした。

『でも、なんで……あんな小さいときの約束、守ろうとしてくれなくたって……』

 緊張のあまりか、つい疑問がぽろりと零れた私に目を見張り、宏輝さんは肩を揺らす。

『鈍いよなあ、茉由里』
『そ、そんなことは』
『愛してるからに決まってるだろ?』

 さらりとそう言って、宏輝さんは今度は薬指にキスを落としてきた。私はというと、耳を疑って固まったまま。

『もうそっけなくなんかするなよ? 寂しいだろ』

 いつもの表情に戻って宏輝さんが言う。私は何度も頷いた。もう宏輝さんを怒らせてはいけないと強く思った。
 そして、なにより……嬉しかった。
 宏輝さんはあの約束を守ろうとしてくれている。あんなに小さいころの、幼い約束を。
 それはきっと、宏輝さんが……。

「私のこと、特別に思ってくれてるってことだよね……?」

 愛していると言われたけれど、果たしてどういう意味で好きでいてくれているのかは、わからない。美樹さんがそうしてくれるように、同じく妹的な存在として? 女性として見てくれているの? ただ、私はどうやら彼の特別らしい。
 そう思うと信じられないほど幸せで、泣きたくなるほど甘くて切ない。
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