凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
腰が半分抜けてしまいながら手を振った。
閉まる扉をトロンとした意識で見守りながら、どうしたのだろうと思う。
いつもの彼らしくない。
けれど、そのあともいつも通りに時間は進んでいく。祐希が起きて朝食を食べさせ、洗濯機を回していると尾島さんがやってくる。祐希と遊んだり絵本を読んだりしつつ、尾島さんとふたりで家事をあらかた終わらせた。
そうしてお昼過ぎ、マンションのはめ込み窓から街を見下ろす。九月に入ったばかりの街並みは、夏と変わらず白い太陽に照らされていた。
マスコミの類はあれ以来姿を現さない。あのときいくつかの雑誌とネットニュースに「上宮病院の御曹司に隠し子発覚」「北園会病院との提携に赤信号か」と報道が出た。元々、宏輝さんと北園さんとの婚約話はそれなりに好意的に報じられていたのだ。北園さんの印象が良かったのもあるし、なかば「美人すぎる女医」としてタレント的な扱いをされていたせいもあると思う。
ただ、隠し子報道はすぐにみかけなくなった。
だから、私の暮らしは旅行前となんにも変わらないし、宏輝さんも変わらぬペースで仕事をしているように見えた。
宏輝さんほ『圧力をかけ返した』と言っていたけれど、一体どんなパワーバランスが働いているのか私には知る由もなかった。
なにしろ彼は、私に不安ひとつ抱かせないようにするのがとても上手だから。
「茉由里ちゃん、お茶入りましたよー」
「あ、はい」
尾島さんに呼ばれリビングに戻ると、テーブルの上には美味しそうなアイスティーとプリンが並んでいる。
「あ、これ昨日作ったプリンですね」
「美味しそうにできてますよ」
祐希をチャイルドチェアに座らせ、スプーンを握らせた。ふと思い出して耳を見てみると、確かに小さな小さな、言われなくてはわからないくらいの突起がある。
思わず「へえ」と声が出た。全てが宏輝さんに似ているとばかり思っていた祐希、私にも似たところがあるんだ。
そんなふうに思いつつプリンにスプーンをいれたところで、インターフォンが鳴る。立ち上がった尾島さんに「私が」と言って親機を見れば、画面の向こうに立っていたのは早織さんだった。
「早織さん? どうされたんですか」
少し緊張しながら応答する。直接話すのは、あの日……宏輝さんと別れるように懇願されて以来だ。
『突然ごめんなさい……少し、いいかしら』
振り返って尾島さんを見ると、困惑顔をしつつも頷いてくれた。エントランスを開錠してから部屋のインターフォンが鳴らされるのを待つ。
「どうしたんですか?」
扉を開けると、早織さんが開口一番に「ごめんなさい」と震える声で言われた。
「え?」
「もう、どうしてこんなことになったのか……」
ぼたぼたと泣き出した早織さんを支えるように家に入ってもらう。リビングのソファに座らせると、尾島さんが祐希を子ども部屋に連れて行ってくれた。
ふたりになったリビングで、早織さんが落ち着くのを待つ。
「はあ……ごめんなさい。居ても立っても居られなくなってしまって。宏輝さんには絶対にあなたに会うなと言われていたのだけれど」
「一体どうしたんですか、早織さん」
早織さんは私を見つめたあと、ゆるゆると首を垂れた。
「本当に……本当にごめんなさい。あなたと宏輝さんを、無理矢理引き離すようなことをして。あたしが冷静さを欠いていたせいで、あなたたちを引き離すような真似を」
「……済んだ話ですから」
宏輝さんからは早織さんも騙されたのだと聞いている。いたずらに責めても仕方ないだろう。
「それより、今日はどうして」
「……しらないの?」
早織さんがハッとした顔をする。あっというまに顔色が悪くなってしまう。慌てて彼女の手を握って顔を覗きこんだ。
「何を知らないんですか?」
「記者会見があるの」
「記者会見……?」
早織さんが頷く。
「宏輝さんが、北園華月さんと婚約会見をするって」